第1章 幸せな老後の条件とは?

「幸せな老後」の基盤は「健康寿命」にあり

「家じまい」について説明する前に、まず、「幸せな老後」について考えてみたい。誰もが「幸せな老後を送りたい」と考えるのは当然だ。幸せな老後を送るにあたり、「お金」がなければ日常生活さえもままならない。しかし、お金と同じぐらい、いや、もしかするとお金以上に大事なものを忘れてはいないだろうか?それは言うまでもなく、「健康」である。
いくらお金があっても、「健康」でなければ当然おいしいものも食べられないし、趣味や娯楽を楽しむこともできなくなる。旅行なんてもってのほかである。健康に問題があると、以前は楽しいと思っていたことが楽しくなくなり、むしろ辛いと感じるかもしれない。
仕事を引退して第一線から退き、バラ色のセカンドライフが待っているはずだったのに、一瞬にして灰色に見えてしまう。自然と「健康のときはよかった」と考え、健康であったことのありがたみを噛み締めることもあるだろう。
何気ない日常生活も健康状態によって制限されてしまっては、生活の質そのものが低くなってしまう。その結果、「不幸せな老後」を迎えてしまいかねないのだ。

厚生労働省が平成28年に実施した「国民生活基礎調査」によると、健康状態が「よくない」「あまりよくない」と回答した人の割合は、50歳から59歳では男12.0%、女13.7%、60歳から69歳では男14.7%、女14.1%、80歳以上になると男32.3%、女35.0%と、高齢になるにつれ健康状態のよくない人が増えていくことがわかる。そして、日常生活において自分で身の回りのことさえ満足にできなくなり、いずれは介護による助けを求めなければならなくなる。
そこで、注目してほしいのは「健康寿命」だ。
中には、この用語をテレビやニュースなどで耳にされた方もいるのではないだろうか。「健康寿命」とは、家族の助けを借りずに日常生活を送れる期間のことだ。つまり、寝たきりなど健康上の問題がなく、介助や介護などを必要とせず、自らの力で買い物や家事を行うなど身の回りのことができたり、趣味を楽しんだりすることができる期間ということである。いったいいつまで私たちは健康で生きられるか。その寿命が「健康寿命」である。
この健康寿命は、2000年に世界保健機関「WHO」が世界に提唱した指標で、平均寿命より重要である。なぜなら、健康寿命は、平均寿命から衰弱・病気・痴呆などによる介助・介護の期間を差し引いた期間だからだ。平均寿命に比べて、健康寿命が短く、その差が大きいと、それだけ寝たきりになったり、介護を必要としたり、自立が失われた状態で生活する期間が長くなることを意味する。一方、平均寿命と健康寿命がそれほど大差ないと、寿命の直前まで自立して生活することができ、介護される期間が短いことになるのだ。現在の高齢化社会においては、人間らしく「幸せな老後の生活」を暮らすための指標として、平均寿命より、健康寿命の方がよりいっそう注目されている。

そこで、日本の健康寿命を見てみてみると、近年、男女共に世界トップクラス(70歳代前半)を維持している。ところが、実際の介護の現場では、高齢者一人あたりの介助・介護を必要とする期間が短くなっているというわけではないようだ。
つまり、平均寿命の水準のわりに健康寿命が短く、老後の長い時間を要介護の状態で過ごしている高齢者が多いということになる。
内閣府の『平成29年度版高齢社会白書』によると、日本男性の場合、平成25年(2013年)時点において、平均寿命80.21歳に対し健康寿命は71.19歳であり、その差は、9.02歳。一方、日本女性の場合は、平均寿命86.61歳に対し健康寿命は74.21歳であり、その差は12.4歳であった。
医療が高度に発達し、健康ブームによって健康志向が高まる現代の日本は、世界トップクラスの長寿国家だ。医療の進歩や健康志向の高まりが平均寿命、健康寿命それぞれを伸ばすことに大いに寄与しているのは事実である。
そのこと自体は喜ばしいことなのだが、平均寿命が伸びた、健康寿命が伸びたということを手放しで喜べないのも事実だ。残念ながら、健康寿命の伸びは、平均寿命の伸びに比べて小さいのだ。

健康寿命と平均寿命の推移

健康寿命と平均寿命の推移

(出典:内閣府『平成29年度版高齢社会白書』)

私たちは、寝たきりや介護を必要とする状態で長期間過ごすことになる可能性が高いことを、知っておかねばならない。幸せな老後を送るためには、健康を人任せにせず、自分自身でできることを早めに取り組んでおくことが賢明だ。

欧米諸国や中国などの中には、日本より平均寿命や健康寿命が短い国もあるが、平均寿命と健康寿命の差は平均7年前後といわれ、日本よりその差は小さい。日本もこうあるべきなのだが、悲しいかな現実はそうではない。そこで、私たちはなんとかこの差を小さくし、幸せなセカンドライフを送る方法を自ら考えなければならない。
健康寿命をできるだけ伸ばし、平均寿命とのギャップを短くする。その解決策の一つとして、まず、住環境から考えてみるべきである。従来の老後の暮らし方ではなく、さらに一歩踏み込んで、「老後のマイホーム」に関して考え方を見直すことが求められている。
もっといえば、老後を快適に過ごすにあたって不向きな一戸建ては処分して引っ越すべきである。

なぜなら、加齢とともに、快適な住環境が変わってくるからだ。高齢になればなるほど、体力も気力も衰えていく。となると、昨日まで快適だった環境も明日も同じように快適とは限らなくなる。
マイホームである一戸建てはまさしく暮らしの中心であり、生活そのものに非常に大きな影響を及ぼす。引越しを経験された方は共感してもらえると思うが、引越し前と引越し後では暮らしそのものがガラリと変わったと感じるものだ。このような暮らしへの影響力のあるマイホームを、老後の生活を前提として見直す必要があるのだ。
そこで、なぜ一戸建てが「幸せな老後」に不向きなのかについて、次に述べてみたい。

老後の住環境に必要な3ポイント

健康寿命を考えたとき、私たちは「家」に何を求めるべきであろうか。それは、間違いなく、自身の健康状態に合った暮らし方ができるかどうかだろう。この点を考えると、一戸建てほど、不便なものはないのではなかろうか。

(1)外出がストレスにならない立地環境

歳をとっても、人間は毎日のように外出する。特に、外出して仲間と会って話したり、笑ったりするなど、外部との関わりそのものが健康に大きく寄与し、健康長寿につながる。しかし、食事や買い物などで外に出るのが億劫となるような住環境では、外出への大きな障害となりかねない。
特に、加齢により身体機能が低下したり、体力が衰えたりするなどの身体的な変化により、今まで自分ひとりで簡単にできていたことができなくなると、精神面や身体面で大きな不安が生じ、外出への障害となる。
さらに住環境も外出しにくいとなると、積極的な外出は望めない。

郊外に一戸建てを持つ老夫婦。運転も心もとなくなったので、これまで普段の足に使っていた自家用車を手放し、買い物、病院その他の外出は、バス・電車・タクシーといった公共交通機関を利用することにした。しかし、最寄り駅まではバスで30分。バスでの移動が大変なので、専らタクシーを利用している。数年後、この老夫婦の外出機会はめっきり減り、以前の明るい笑顔は消えていった。
この老夫婦は、タクシーを電話で呼び、また、自宅への帰りもタクシーを利用するうちに、タクシーを呼ぶのが億劫だ、使うのは勿体ないと感じるようになったという。その結果、外出機会がだんだんと減少し、自宅で過ごすことが多くなってしまった。
外出の頻度が低くなると、認知症のリスクが3~4倍になるといわれている。
また、外出するなどして定期的に体を動かさないと、運動機能が低下し、自宅に閉じこもって寝たきりになってしまう高齢者は少なくない。
まず「家」に求めるものは、外出がストレスにならない立地環境であろう。

(2)老後に可能な日常家事能力に合わせた住まいづくり

次に、住まいそのものが健康を維持しうる仕様でないと、居住している高齢者も到底健康を維持することはできない。
お住まいの一戸建てを点検してみてほしい。天井や壁紙にシミがあれば、カビの繁殖に気をつけねばならない。そのまま放置すれば、カビが繁殖して家が傷み、ひいては住人である自分自身が病気になることにもなりかねない。カビを除去して掃除するにしても体力が必要だ。
また、住まいの広さや設備は、将来の老後を考えたときに適切だろうか。
高齢者からは「大丈夫だろう」とか「何とかなる」という言葉がよく聞かれる。このような曖昧な考えにこそ危険が潜んでいるのだ。

多くのシニア層は、体力のある今の自分を基準に住環境の適否を考えがちである。身体面の年齢的な衰えは、想定外に進行するおそれがある。気づいたときにはすでに時遅し。まずは、今までの独自の基準を捨て、自分の両親や身の回りの高齢者の例を参考にして、住環境を考え直さなければならない。考えすぎくらいが丁度よいといえるだろう。
例えば、日々の掃除を例に考えると、住まいのスケールダウンを検討すべきである。特に、階段の上り下りが難しくなって使用しなくなった2階などは、使用したり掃除したりすることなく放っておくと、利用価値がないというだけではなく、家が痛む原因にもなる。

身体能力の変化に合わせて住まいを見直さなかった場合、できると思っていた家事ができなくなる。できなくなると自然と家事範囲を狭めてしまい、家の中で動かなくなる。これが長期間続くと、寝たきりになる。まさに悪循環である。
一戸建てを購入したころの身体能力ではなく、加齢が進んだ将来の身体能力に合わせて、日々の生活をイメージし、可能な日常家事能力に合わせた住まいづくりをしなければならない。
つまり、次に「家」に求めるものは、老後に可能な日常家事能力に合わせた住まいづくりであろう。

(3)安心安全な住環境

最後に、健康というのは安心安全な住まいによって成り立っていることを忘れてはならない。
安全安心な住まいという面で、高齢者の事故の77.1%は自宅内で発生しているという事実は注目せざるを得ない。そのうちの実に半数近くは居室内での事故だ。
高齢になると筋力が低下し、足が上がらなくなって少しの段差でつまずいたり、床に広がっている新聞紙、広告、雑誌に足を滑らせたり、電気コードに足を取られたりして転倒するケースが多い。
転倒が原因で骨折を引き起こし寝たきりになる高齢者も多い。
次に、階段での転落事故。転落は重症化するケースが多く、実際に死亡するケースまで起きている。転倒事故や階段での転落事故が重症化する傾向にあるのは、回避運動能力が低下しているからに他ならない。これは、他人事ではなく、高齢者全員に起こりうることなのだ(国民生活センター『医療機関ネットワーク事業からみた家庭内事故-高齢者編-』平成25年3月発表)。

安心安全を求めるのは、何も家の中だけではない。
高齢者は、犯罪者のターゲットになり易いのだ。
一戸建ては、死角になる場所があったり、窓・ドアの数が多いなど侵入可能な箇所が多かったり、防犯設備が古いため、セキュリティ面で不安がある。特に、高齢者のみが一戸建てに住んでいるというケースでは、身近に頼れる家族や知人がいないことが多く、犯罪者のターゲットになりやすい。そのため、防犯性能の高い窓ガラス、シャッター、二重ロック、人感センサー付き照明の設置など対策を講じる必要があるが、新たに設備を導入しようとすると多額の費用がかかり、躊躇してしまうようだ。

内閣府の『平成27年版高齢社会白書』によると、警察の働きなどにより、社会全体の犯罪被害件数は年々減っているものの、高齢者の犯罪被害件数は減らず、犯罪被害件数全体を占める割合はむしろ増加傾向にあるようだ。また、平成26年度中に都内で発生した侵入窃盗において、発生場所として最も高かったのが一戸建て住宅であった。いかに一戸建てが狙われやすいかがわかる統計結果となっている(警視庁HP『平成26年度中の侵入窃盗の傾向』より)。
また、近所とのトラブルもあるだろう。トラブルがストレスとなり、その結果外出できず、寝たきりになってしまうケースもある。記憶している読者も多いと思うが、ニュースなどの報道でも取り上げられ有名になった“引っ越しおばさん”のような隣人が住んでいたら多くのトラブルを抱えることになるだろう。

そこまでいかなくても一戸建ての場合、隣家との間で騒音、悪臭などのトラブルがつきものであるが、高齢者の家庭では子どもが独立しているために身近に相談できる家族がおらず、高齢者自身がそのトラブルの矢面に立って、これを処理しなければならない。
体力的にも劣る高齢者にとって、非常に酷なものとなるだろう。
心身ともに健康な状態で日常生活を送るため、最後に「家」に求めるものは、安心安全な住環境である。

金銭トラブルを抱えない

「幸せな老後」に向けて、健康管理はもちろん重要だが、お金に関する問題もある。
老後を充実したものとするためには、ある程度の資金が必要となる。趣味に興じたり、美味しいものを食べたりするにはある程度お金が必要である。また、転倒骨折からの寝たきり、脳梗塞を発症しての長期リハビリ、末期がんに罹患しての先の見えない闘病生活など、いつ自分の身に病気や怪我などの災難が降りかかるのかは誰も予測できず、これらは突然やってくる。高齢になればなるほど、病気や怪我のリスクは高まり、医療費もそれだけ多くのしかかる。そのため、多くの人が「老後の医療費」に関して漠然とした不安を抱えて生きている。

厚生労働省が発表した『平成25年度国民医療費の概況』によると、男性の生涯医療費は約2400万円となっており、このうち65歳以降にかかる医療費はなんと約1600万円もする。もちろん、これには健康保険などの公的保険の補助額は入っていない。つまり、65歳を超えた時点で、前記した平均寿命の約81歳まで生きるとしたら、実費では約1600万円の蓄えが必要ということだ。もっとも、日本には「国民皆保険制度」があるので、実際にはここまでのお金はかからない。
公的健康保険では、70歳未満の人の医療費の自己負担は3割。70歳以上の人は、一般的な収入の人なら1割(2014年4月2日以降に70歳になった人からは2割負担。後期高齢者とされる75歳以上の人なら自己負担は1割)である。こうしたことを加味して計算すると、平均寿命まで生きたと仮定して、実際に必要な医療費は多くても300万円となる。
ただし、手術で入院治療が必要ながんなどの大病をした場合や、糖尿病などの慢性疾患に罹患した場合には負担額が増える。がんの場合、入院・手術となれば、実際の医療費はすぐに100万円を超えるので、公的健康保険を使って医療費の1〜3割を負担したうえで、高額療養費制度を使って支払い上限額を払うことになるが、それでもかなりの負担となる。このように医療費負担が大きくなり、年金だけでは暮らしていけない「下流老人」が増加している。
そのため、幸せな老後に向けては、やはり、元気で健康なうちから資金調達することが必要となる。また、一方の配偶者が死亡した際に、子どもたちによる相続争いが生じてしまうと、残された配偶者としては幸せな老後にひびが入り、家族の間に修復不可能な溝ができ、孤独な老後となってしまうおそれがある。これでは子どもからの援助は見込めない。そのためにも、やはり資金調達は必要となる。
本サイトで提案する「家じまい」は、実は、この資金調達の一つの方法であり、一戸建てから老後生活に適したマンションに「住み替える」ことで、幸せな老後に近づけるのだ。

2020-02-16 22:16 [Posted by]:不動産の弁護士・税理士 永田町法律税務事務所