第6章 法的観点から見た「家じまい」

法律面からも「家じまい」は必要

特に住宅ローンを利用して一戸建てを購入した場合、定年時の資産構成のうち一戸建てが占める割合が極端に高くなってしまう傾向がある。現役時代は住宅ローンの支払いに苦しめられ、子供の学費もかさんだため、貯金がろくにできていない。その結果、リタイアした後に残った資産が、住宅だけという方が多い。汗水垂らして働いた結晶が、一戸建てという不動産に一点集中で結実しているのがサラリーマン家庭の典型ではないだろうか。
とかく一戸建てを選択する方は、マンションを選択する方に比べてこだわりが強い傾向があり、凝った設計や豪華な内装にするなど高額な家を建てる結果、無理をしてしまう方もいると聞く。

繰り返しになるが、子どもが巣立った後、お荷物になった一戸建てを処分することによって、老後のキャッシュフローを生み出すのが「家じまい」である。資産は持っているだけではだめで、有効活用してこそ意味がある。現状に合わなくなった一戸建てを所持し続けるのではなく、換金してその売却代金を必要なものに充当していくべきであるというのが、「家じまい」の理念である。

ファイナンシャルプランナーなど家計に関するアドバイスをする方と話をしていて、「家じまい」の必要性を訴えると、賛同していただくことが多い。なるほど確かに一戸建てを処分することで、シルバー世代は一気にキャッシュリッチになるはずなので、老後に必要なものにお金を使うことができる。資産構成が偏っていて、フローが潤沢でないと、老後も安心して過ごせない。「家じまい」の概念をもっと広げていくことで、シルバーマーケット全体が活況に沸くのではないか。シルバーマーケットのプレーヤーとしては、医師や葬儀業者、不動産業者、老人ホーム関係者などが挙げられる。「家じまい」の話をすると、シルバーマーケットのプレーヤーの中には、「家じまい」の持つ潜在的な可能性について興奮を覚える方すらいる。

ワーキングプアなどといわれる若者がたくさんいる一方で、高齢者ばかりが資産を持っている。高齢者に対してお金を使うように迫るという意味では、相続税も高齢者がため込んだ資産を社会に還流させる役割を担う。教育資金の一括贈与なる制度も、資産を持つ高齢者が子育て世代の資金難を救済する意味を持つ。
また資産を持つといっても、利用されていない死んだ資産では意味がない。担保にしてお金を借りて運用ができるか。他人に貸して賃料をもらうことができるか。いざとなった時にすぐに換金できるか。実際に有効に使っているか。「家じまい」は有効活用されなくなった実家の一戸建てを換金して、必要な支出に充てて生活をより豊かにしていくもの。実家の一戸建てを売却することによって、いままで滞留していた資産価値が一気に現実化する。ダムが決壊したかの如く、大量の水が堰を切ったように流れ出す。

「家じまい」の意義自体は誰に話しても共感を得られることが多いのだが、実は、純粋に法律面からしても「家じまい」が必要なのである。法律面からの説明になってしまうと、場合によっては難解で、退屈に見えてしまいかねない。
「一戸建て地獄」の問題点を最後に提示することによって、「家じまい」が法律家からもお勧めの解決方法であることをご理解いただきたい。ファイナンシャルプランナーでもなく、不動産業者でもない、弁護士・税理士としての立場から独自の視点で、「家じまい」の必要性を訴えるのは、なぜなのか?
すでに論じているものも含めて、「家じまい」の必要性を法律家の観点から説明してみたい。

遺産分割時に分割しやすくなる

(1)不動産は生活の基盤、人生が決まる

不動産は遺産分割において、重要な相続財産になる。相続財産の約半分が不動産であるというデータもあるくらいなので、価値が高い不動産をめぐって相続人のうち誰が相続するかは、遺産分割での損得に直結する。
誰もが相続したがる不動産であるが、経験上、意外にも相続人が誰も不動産を相続したがらず押し付け合う結果になってしまうこともある。特に実家の一戸建ての場合が多い。
なぜ実家の一戸建ては、誰も相続したがらないのか。理由は不動産の個性に関係している。不動産は生活に密接した財産で、個性が非常に強い。衣食住というが、住に密接に関連し、住そのものといってもよい。どの不動産を持っているかによって、住が決まり、すなわち生活の基盤が決まる。人生そのものが決まる。不動産によって人生が縛られるといっても過言ではない。

(2)東京一極集中の結果、実家の不動産はお荷物に

東京に出て20年。今さら、父親が残した地方都市の一戸建てを相続するわけにはいかない。即座に売却するのであればともかくとして、遠く離れた実家の一戸建てを相続したがらないのは、当然のことなのだろう。被相続人と同居していたり、被相続人の近所に住んでいた相続人がいたりする場合、不動産を相続する相続人はおのずと決まることが多い。逆に、縁もゆかりもなくなってしまった土地に立つ一戸建てを相続したがる相続人は多くはない。
問題となる典型的なケースとして、地方から東京に出てきた相続人が、実家の一戸建てをどう相続するか、もっと言えば、どうやって相続しないで済ませるか、という悩みを抱えているものがある。
東京一極集中が進んだ結果、実家に残っている兄弟はおらず、全員が都内在住で、実家の一戸建てを押し付け合っているケースもある。今の住環境や生活環境を捨てるわけにもいかず、セカンドハウスとして地方都市の実家一戸建てを管理していく経済的余裕もない以上、実家一戸建ては不要な不動産となってしまうのだ。

(3)個性満載の結果、売りにくく貸しにくく、相続されにくい

リフォームをする際に、一戸建ての方がマンションよりも自由度が高いといわれる。排水管の位置をずらすことができず、隣接階や隣戸との関係で構造上の制約が出てしまうマンションに対して、一戸建ては全てが自由に設計できる。もちろんコストの問題はあるものの、必要があれば排水管の位置の変更もできる。
リフォームだけではなく、新規に購入する場合も同様で、マンションは既製品を購入することになる。オーダーメードといってもせいぜい壁紙やタイルの色、素材の選定くらいしか自由演技はできず、誂え済みのものを購入することになる。

一戸建てはすべてが自由設計で、こだわる人は年単位で計画を立てて時間をかける。フルオーダーなので、施主の個性が出てしまうこともある。個性が強ければ強いほど、施主以外の者にとっては受け入れがたいものになる。近隣住民との間で裁判沙汰になったまことちゃんハウスの例をみても、施主のこだわりも度が過ぎると他の人には歓迎されないことがわかる。マンションのような万人に受ける規格品の方が、処分可能性という意味では優れているといえるだろう。

売り出したり、貸し出したりする場合に、買主や借主が見つかるまでの期間は、一戸建ての方がマンションに比べてかなり長くなる。マンションはあくまでも空間が取引対象になっていて、壁紙などを取り換えれば前の居住者の痕跡はリセットされた感覚になりやすい。対して一戸建ては、前の居住者の痕跡を完全には払しょくしにくい。父親の個性が満載の一戸建ては、不思議と相続人も敬遠する傾向にある。プール付き、カラオケルーム付きの大豪邸でさえも。維持管理の負担を考えると納得できる話だ。親世代にとってのこだわりのポイントは、必ずしも子世代にとってありがたいものではない。

自分で使うのにも躊躇を覚え、売却や貸し出しもしにくい。使用収益の両方が見込めない不動産であれば結果的に、一戸建てが相続において不人気であるのも、むべなるかな。マンションに比べて一戸建てが明らかに不人気であるのは間違いがない。

(4)もらいたくない、売るに売れない

このように実家の一戸建ては相続人間でも不人気である。
不人気ゆえの問題もある。
一戸建てを相続したくないとすれば、他の財産を相続することで調整をすることになる。しかし、住宅ローンを利用して購入した一戸建ての場合、定年まで負担の大きいローンを払い続けてきたがために、定年時点での財産構成において一戸建てがほとんどを占めることも珍しくない。定年後は年金暮らしになるが、貯金をする余裕などない。結果的に、相続財産が実家の一戸建てのみということにもなりかねない。

実家不動産1件のみが相続財産の場合はどうなるのか。他に財産がないのだから、誰が相続するのか、どのように評価するのかなど、分け方でもめることになる。欲しいという相続人がいないこともあるが、売却して現金化して分けるにしても、簡単に売却はできない。

日本全体の不動産の価格があまねく上がっていった時代は過ぎた。決して二度と来ないだろう。不動産は二極化の様相を極め、勝ち組と負け組に分かれる。都心の不動産の価格が上がることはあるかもしれないが、地方都市の不動産の価格は下がる一方だ。高値掴みしてしまった不動産を売却するのは大変である。査定価格を確認するも、この不動産がこんな価値であるはずはないといきんで高く売り出す。買い手は一向に現れない。待てど暮らせど問い合わせは1件もない。自分が買った時の値段はこれくらいなのだからと、購入価格の呪縛から逃れられない。結局は売り切れない。

(5)実家不動産の共有を回避せよ

相続財産が実家一戸建てしかない。住宅ローンを組んで一戸建てを購入した場合には、よくある話だ。現役時代はローンの返済で精一杯であり、預金する余裕はなかった。定年後は年金暮らしで預金どころではない。そうなると、残る財産は実家の一戸建てだけということになるのだ。
相続人の誰かが実家の一戸建てを引き受けようとしたとしても、その相続人に代償金を支払うだけの資力がないのであれば、相続人全員で実家の一戸建てを共有することになる。
また、安易な気持ちでとりあえず共有にしてしまうケースもある。誰が実家の一戸建てを相続するのか結論が出ない。実家の一戸建ての価格をどのように評価するのか合意が得られない。実家の一戸建て以外の財産の分け方についても合意が得られない。こうした問題が山積して、相続人間での話し合いが全く進まなくいこともあろう。結果、法定相続分に応じた持分による共有として、ひとまず片付けてしまおうと考えるのだ。

共有とは、各々が自身の持分割合の範囲で所有権を持つことをいう。つまり、1つの不動産を各々の持分という割合で複数の共有者が持ち合う状態のことである。共有状態の不動産は、相続で取得した土地や建物に多い。なかには、遺産分割が未了であるために被相続人名義のままで放置されているものもあり、この状態も共有になる。
共有というと、共有者である相続人が各々の持分で、仲良く所有しているというイメージを抱くかもしれないが、実際には非常に厄介な状態なのである。
原則、共有者は共有不動産の全部について、その持分に応じて使用することができるが、他の共有者全員あるいは過半数の同意が得られなければ、できないこともある。家屋の大規模改造や建替え、賃貸借契約の締結などについては、単独ではできないのだ。詳しく見てみよう。

まず共有物の管理行為は、共有者の持分価額の過半数で決して行わなければならない。
管理行為とは、利用行為、改良行為、保存行為の総称である。利用行為は、共有物の賃貸借契約の締結など、共有物の収益を図る行為をいう。改良行為とは、共有土地の地ならしなど、財産の性質を変えない範囲で共有物の価値の増加を図る行為をいう。保存行為とは、共有家屋の修繕や消滅時効の中断など、共有物の現状維持を図る行為をいう。もっとも、管理行為のうち保存行為については、各共有者に対する影響がそれほど大きくないため、各共有者が単独で行うことができる。

次に共有物の変更行為や処分行為は、共有者全員の同意がなければ行うことができない。
変更行為・処分行為とは、家屋の取り壊し、大規模改造、新築への建替え、共有不動産全体の売却など、共有物の性質もしくは形状またはその両者を変更する行為のことである。共有不動産を担保としてお金を借りることも処分行為といえるため、共有者全員の合意が必要となる。
共有物へ影響が大きく、各共有者が受ける利害が甚大である変更行為・処分行為は、共有者全員の同意がなければ行うことができない。他の共有者の同意を得ることなく、独断で実行してしまった場合、他の共有者の財産権を侵害したことになり、トラブルへと発展しかねない。
特に問題となるのは、不動産を売却するときである。
不動産を売却するには、共有者全員の合意が必要で、文字通り「全員」であるから、一人でも売却に反対すると売却することができない。もちろん自分の持分だけであれば売却することはできるが、そのような「面倒な不動産」を買いたがる人はいないのが現実だ。自由に処分することができない財産を誰がほしがるだろう。たとえ買い手が現れたとしても、徹底的に買いたたかれるだろう。また、共有者が相続人同士でも争いが生じるのだから、全く関係ない第三者が共有者として介入してくれることになれば、トラブルにならないはずがない。

共有状態が続くと、相続人同士での協議が必要である状態が続く。利用行為や改良行為は過半数の賛成で決することができるが、前提として共有者全員での協議は必要とされている。共有者間での協議を省略しては、結局は何もすることができないのだ。。日頃から交流のある相続人間であればよいが、全くコミュニケーションがとれない相続人と協議しなければならないとなると、その協議が難航するのは容易に想像できる。

以上をまとめると、一つの共有不動産に対して何らかの処分をする場合、単独でも行うことができる事項や持分の過半数の合意が必要である事項、共有者全員の合意が必要な事項が、それぞれ事細かく決まっている。共有持分を所有しているといっても、処分の自由度としてはかなり制限のある状態なのだ。このことから、不動産を相続する際、共有にすることだけは避けるべきだといえる。いざ何かしようと思っても、自分1人で行うことができるのはごくわずかなことであり、せっかく所有している不動産を有効に活用することができなくなってしまう。

また、共有状態のままで、さらなる相続が発生してしまうと、余計に面倒なことになる。共有者に相続が発生すると、さらに共有者が増えてしまうからだ。処分の難しさや次の代の相続のことを考えると、共有は避けるべきであることがわかるだろう。

共有を避けるためには例えば、親の世代が実家の一戸建てを売却してマンションを複数購入し、各不動産を各相続人が相続できるようにしておく必要がある。あるいは、換価しやすいマンションを複数購入し、相続が発生したら換価分割できるようにしておくべきであろう。
「家じまい」をすることで、実家の一戸建ての共有を避けることができるのだ。

マンションに買い替えた方が相続税で有利

(1)本当に使えるのか?小規模宅地等の特例

相続税の申告において不動産は有利である。日本において富裕層の資産構成が不動産に偏る原因となっているともいわれるのが、不動産所有者に有利な相続税制だ。そして、実家の一戸建てに絡んで、有効な相続税制が「小規模宅地等の特例」である。
小規模宅地等の特例とは、相続人の生活基盤となる宅地について、高額な相続税がかからないように、一定の条件を満たす場合には、相続や遺贈で取得した土地の評価額を最大80%減額することができるという特例である。

土地は相続財産の大部分を占めるものであり、高価なものなので、それなりの金額の相続税が発生してしまう。せっかく実家不動産を相続しても、高額な相続税を支払うことができず、相続税の支払いのためにその実家不動産を手放さざるを得ないということになっては、実家不動産を相続した意味がなくなってしまう。実家不動産以外に目ぼしい相続財産がない場合においては、予期せず発生した相続により、相続人らの生活を脅かされることになりかねない。
このような事態に陥らないために、一定の条件を満たす場合には「土地の評価額を80%減額する」という小規模宅地等の特例が存在するのだ。

小規模宅地等の特例の対象となるのは、相続人が相続または遺贈によって取得した財産のうち、相続開始の直前において、被相続人が居住用または事業用に使用していた宅地である。被相続人が所有していた土地であれば何でも対象となるわけではないので注意が必要だ。何はともあれ、一定の条件を満たせば、土地の評価額を80%減額することができるわけだ。

このように、小規模宅地等の特例は一見、お得な制度のようにも見える。土地の評価が80%も評価減になるのだから、破格の扱いではないだろうか。小規模宅地等の特例を利用することで、本来はかかるはずであった相続税をかからなくすることも可能である。むしろ小規模宅地等の特例を利用したにもかかわらず、なお相続税がかかってしまう家庭はよほどの大金持である、とさえ言われている。

ただしこの小規模宅地等の特例であるが、注意が必要である。
確かに小規模宅地等の特例が利用できれば、相続税はかからないか、かかっても大幅に減額できる可能性がある。しかし、問題は利用できる条件である。小規模宅地等の特例の適用を受けるためには「一定の条件」を満たす必要がある。被相続人が使用していた土地をどのような関係性の相続人が相続するかによって、その条件が異なるのだ。
つまり、誰もが同じ条件で小規模宅地等の特例の適用を受けられるわけではない。相続開始の直前において、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等で、相続人が相続または遺贈により取得したもの(特定居住用宅地等)に関する条件について見てみよう。ちなみに、この場合、小規模宅地等の特例を適用すると、宅地のうち330㎡の部分について評価額を80%減額することができる。

まず、被相続人の配偶者が特定居住用宅地等を相続する場合、その他の要件は一切必要なく、相続した土地について小規模宅地等の特例を利用することができる。
次に、被相続人と同居していた相続人が特定居住用宅地等を相続する場合には、同居していた宅地等を申告期限まで継続保有し、かつ、申告期限まで継続して居住用に使っていた場合に限り、小規模宅地等の特例を利用することができる。
被相続人に配偶者または同居の親族がいない場合には、相続開始前3年以内に日本国内にある自己または配偶者の所有する家屋(持家)に居住したことがない相続人が特定居住用宅地等を相続し、相続開始時から申告期限まで継続保有している場合に限り、小規模宅地等の特例を利用することができる。

小規模宅地等の特例
宅地の種類 条件 減額面積 減額割合

被相続人が住んでいた宅地
配偶者や同居または生計を一つにする子が相続し、その後も住み続けること 240㎡まで改正後
330㎡までに拡大
80%

被相続人が営んでいた事業用宅地
事業を相続人が継承すること 400㎡まで改正後
ⅠとⅡを
上限まで併用可
(730㎡まで)
80%

被相続人が所有するアパート貸付用の宅地など
相続人が引き続き貸付事業を行うこと 200㎡まで
※ⅠまたはⅡとⅢを併用するときは適用面積の調整が必要です
50%

このように、小規模宅地等の特例は、親と同居している子供が居住用土地を相続した場合や、親と別居していて自分の家を所有していない子供が実家の居住用土地を相続した場合に、初めて適用されるものなのである。
加えて、相続した後も一定期間、売却をしてはいけないなどの制約がある。こうした条件を検討すると、小規模宅地等の特例を利用できる場面はかなり限定的であることがわかるだろう。

つまり小規模宅地等の特例は、属人的要素が加味されて、適用の可否が決まるものである。結果、誰が実家の一戸建てを相続するかによって、特例の適用可否が変わる。
実家の一戸建てについては、そもそも子供が全員、親と住んでいない場合もある。子どもが誰一人として親と一緒に住んでいなかった場合、実家の一戸建てを相続した子供がもともと自分の家を持っていると、小規模宅地等の特例は使えない。自分は家を持っていなくても、配偶者が家を持っていても、小規模宅地等の特例は使えない。
さらに限度面積の問題もある。小規模宅地等の特例が適用されるのは一定の面積についてのみで、土地全体に対して評価減の効果を受けられるではなく、80%の評価減となるのは宅地のうち330㎡、つまり約100坪のみなのだ。
相続税対策を紹介する書籍などで利便性が強調される小規模宅地等の特例であるが、実は万能ではないことがわかるだろう。

小規模宅地等の特例の適用を目的にライフスタイルを変えて、親との同居を始めた、持ち家を売却したなどという話も聞いたが、本末転倒かと思う。特にライフスタイルそのものに関わる住居や居住地は、仕事や子供の教育環境にも影響を与える。

また、遺産分割協議が紛糾し、納税期限内に成立しなかった場合には、小規模宅地等の特例などの各種特例を適用することができない。加えて、相続人間でお荷物となった実家の一戸建てを押し付け合っていたり、実家の一戸建てを売却しきれないうちに、相続税の申告期限が訪れる。相続税の申告は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行う。通常は相続開始の翌日から10か月以内ということになろう。遅れは許されない。

実家の一戸建てが相続財産に含まれるが故に、なおさらスムーズに遺産分割協議が進まない。遺産分割が成立しないと、相続税申告時に特例を適用することができないのだ。
特例の恩恵を受けるためには、申告書を期限内に提出する必要がある。遅れれば土地の評価減が受けられずに、経済的負担が大きくなる。

小規模宅地等の特例は、そもそも適用できるかが不確定で、適用できる条件を満たしていたとしても、期限内に申告書を提出することができなければ、恩恵がそもそも受けられないものである。
以上のように小規模宅地等の特例は、どのような場面でも常に適用できる特例ではなく、節税効果を確実に期待することはできない。

(2)マンションなら節税効果が即確定

ちなみにマンションはどうか。
マンションの場合でも土地の持分割合について小規模宅地等の特例の適用を検討することができる。小規模宅地等の特例は、一戸建てに限定した話ではなく、不動産の土地部分に関する評価減の特例なのである。
もっともマンションの場合は、小規模宅地等の特例を検討する必要性が乏しい。そもそもマンションの各専有部分の所有者が持つ敷地権割合は、マンションが建つ敷地に対して極々わずかなものにとどまる。居住者が多いからである。

だからこそタワーマンション節税なるものが謳われたわけで、タワーマンションは決してそこまで広くはない底地と、高層マンションにひしめき合う数多の各専有部分所有者という要素の相乗効果により、各専有部分所有者の敷地権割合が極少になる。購入価格と固定資産税評価額の差が大きい高層階の部屋を購入すると、時価と比べた評価額が極めて割安となることで、より有利となる仕組みである。
ただし低層マンションでも、数十戸程度が入居していれば、それだけでも敷地権割合は相当小さくなる。そもそもマンションは土地の評価について非常に有利になっているのだ。

マンションについては所有した瞬間に評価減を受けることは確定する。マンションが有利なのは相続税対策においてのみならず、毎年の固定資産税額にも影響するのでお得である。相続時にどの相続人が相続しようと、属人的要素で評価減を受けられたり受けられなかったりというリスクはない。マンションにおける評価減を考慮する際に「一定の条件」というような縛りはないのだ。

もちろん遺産分割で紛糾することによって、申告書の提出が期限に間に合わないこともあるが、マンションの評価方法はそもそも特例ではないので、徒過によって特例を受けられなくという問題はない。マンションを所有しているというだけで自動的に評価減となるのであるから、確実な節税対策といえるだろう。

法律家からすると、一戸建ての相続において有利な制度であるとして紹介される小規模宅地等の特例も、マンションの敷地権割合についての評価減に比べると、はるかにインパクトが小さいのである。

不動産が絡む相続を多く取り扱う中で、相続後の一戸建ての行方が問題になることをしばしば実感している。
本サイトでは設定状況をわかりやすくするために、地方出身者の実家の一戸建てを例に挙げている。しかし高級住宅地とされる東京都世田谷区の一戸建てといえども、相続したがらない相続人もいる。都心志向が高まっているうえに、実家の一戸建てにまつわる問題の本質は、地方都市であろうと東京であろうと変わりはないからである。
不動産実務の実態を踏まえつつ、法制度からも「家じまい」の必要性を提唱した。
一戸建て派とマンション派は、神学論争のように根深い議論を重ねてきている。住み心地はどうか。将来の資産価値はどうか。換価可能性はどうか。不動産専門家の見解は百家争鳴の乱立ぶりである。「家じまい」の意義は一戸建て派にとって、マンション派による言いがかりとして片づけられる可能性もある。
しかし「家じまい」はその実、法律的にみても有用である。
マンション販売業者ではない法律家が、実家の一戸建てに孕む危険性を客観的に指摘する点は、重く受け止められるのではないか。ローンで一戸建てを建てた中高年やご家族には一度、真剣に検討してほしい議題である。

2020-02-16 22:20 [Posted by]:不動産の弁護士・税理士 永田町法律税務事務所