敷引き特約の有効性
敷金から一定の額をあらかじめ差し引く特約が契約書に入っていることがあります。
敷引き特約といい、明け渡し時に原状回復費用や未払い賃料に関係なく、特約で定めた金額を敷金から差し引くものです。
しかし、特約で入れているのだからと安心していると、借主が敷引き特約の無効を主張してくることがあります。
敷引き特約の有効性はどのように考えるべきなのでしょうか。
居住用建物の賃貸借契約に付された通常損耗等を敷引きする旨の特約について最高裁判決平成23年3月24日では、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無およびその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものであるときは、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となると判断しています。
自然損耗の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎる場合は、信義則に反して消費者契約法10条により無効としています。また賃料が近隣相場よりも大幅に低額であるなど特段の事情がある場合は、無効にならないこともあるとしています。
一言でいうと、諸般の事情を総合考慮しつつも、賃料相場からの乖離状況を特別視して、格安だった場合は敷引き特約を有効と判断する特別事情としています。
ただし結論としては、賃料月額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまる敷引き額について、更新時に更新料1月分以外の礼金などを支払う義務を負っていないことなどから、敷引き額が高額に過ぎると評価できず、消費者契約法10条により無効とはいえないとしています。
特約でわざわざ合意した内容を否定するわけですから「敷引金の額が高額に過ぎる」かどうかの判断は、ある程度ハードルが高く、賃料月額の3.5倍強にとどまる敷引き額では無効にならなかったのです。
居住用建物の賃貸借契約においては、消費者契約法によって無効かどうかが争われることが多いのですが、借主が補修費用を負担することになる条項が具体的に明記されていることなどを要求するものもあります。
居住用建物の賃貸借契約に比べて事務所目的の建物賃貸借契約では、「居住を目的とする賃貸借契約のような賃借人保護の目的は働かず、市場性原理と経済合理性が支配するものであって、賃借人の使用方法によって額が大幅に異なりうる原状回復費用を、あらかじめ賃料に含めて徴収する方法を採らずに、賃借人が退去する際に賃借人に負担させる旨の特約を定めることは、経済的にも合理性がある」(最高裁判所平成23年3月24日判決など)などとされ、消費者契約法が問題にならずに敷引き特約の適用が認められやすい傾向にあります。
ある程度の前提条件を付す必要はあるかもしれませんが、居住目的のものでも、賃料月額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまる額の敷引きであれば敷引き特約が無効とされることは多くはなく、事務所目的のものであれば敷引き特約の有効性は広く認められている、という理解でよいのかと思います。