不動産取引による人の死の告知に関するガイドライン
国土交通省が不動産取引における心理的瑕疵のうち、人の死の告知義務に関するガイドラインを策定しました。
対象不動産において過去に生じた人の死に関する事案について、宅地建物取引業者による適切な調査や告知に係る判断基準がなく、取引現場の判断が難しいことで、円滑な流通や、安心できる取引が阻害されているとの指摘があったことが、策定の背景にあるということです。
「人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月8日)の概要は以下のとおりです。
・宅地建物取引業者が媒介を行う場合、売主・貸主に対し、過去に生じた人の死について、告知書等に記載を求めることで、通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとする。
・取引の対象不動産で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)については、原則として告げなくてもよい。
・賃貸借取引の対象不動産において自然誌・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、五円など)以外の死が発生又は特殊清掃等が行われることとなった自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)の死が発覚して、その後概ね3年が経過した場合は、原則として告げなくてもよい。
・賃貸借取引の対象不動産・日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死以外の死が発生し、事案発生から概ね3年が経過した後は、原則として告げなくてもよい。
・人の死の発生から経過した期間や死因に関わらず、買主・借主から事案の有無について問われた場合や、社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等は告げる必要がある。
概要では、一般的に何をすれば義務を果たしたと言えるのか。またどのような場合には、告知をしなくても良いのかなどの条件が記されています。
1つ目の情報収集には、通常の情報収集としてのという留保がついています。
しかし、「事案の存在について故意に告知しなかった場合等には、民事上の責任を問われる可能性がある旨をあらかじめ伝えることが望ましい」「告知書等により、売主・貸主からの告知がない場合であっても、人の死に関する事案の存在を疑う事情があるときは、売主・貸主に確認する必要がある」と追記され、情報収集が形式的なものにしない配慮がされています。
続いて、告知義務がないケースの具体例について解説していきます。
告知義務がない場合
今回のガイドラインで重要なのは、告知不要なケースについて、具体例を挙げていることです。
・自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)
統計においても、自宅における死因割合のうち老衰や病死が9割を占め、不慮の死を含めて当然に予想されるものであるため、これを告げなくてもよいとされています。ただし特殊清掃や大規模リフォームをした場合は、告知義務が生じます。
老衰や病死、不慮の死が「当然に予想されるもの」であるかどうかはともかく、高齢化社会で独居老人も増えており、おひとり様も増加している以上は、このような運用にせざるを得ないのでしょう。
ただし特殊清掃や大規模リフォームをするかしないかによって、告知義務の有無が分かれるとなると、「特殊清掃や大規模リフォーム」についてしっかりと定義する必要があります。
また必要があっても特殊清掃や大規模リフォームをあえてしないことによって、告知義務を免れようとする売主や大家も出てきてしまい、結局は買主や借主のためにならないのではないでしょうか。
・賃貸借取引の対象不動産において自殺や他殺などによる死が発生又は特殊清掃等が行われることとなった自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)の死が発覚して、その後概ね3年が経過した場合
賃貸借において、自然死・日常生活の中での不慮の死以外の死。
つまり自殺や他殺などが発生した場合や、自然死・日常生活の中での不慮の死が発生して特殊清掃やリフォームが行われた場合は、3年間は告知義務を負うことになります。
賃貸借に限って3年間という期限を設ける一方で、売買について期限はありません。それは、いつでも出ていくことができる賃貸借と自分の所有物にする売買とでは、心理的瑕疵が及ぼす影響が異なるということなのでしょう。
・通常使用する必要がある集合住宅の共用部分で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死以外の死が発生し、事案発生から概ね3年が経過した後
集合住宅の事故物件について特別に規定しているのは、マンションでの事故がそれだけ多いということなのでしょう。
通常使用する共用部分について、ガイドラインは「ベランダ等の専用使用が可能な部分のほか、共用の玄関・エレベーター・廊下・階段のうち、買主・借主が日常生活において通常使用すると考えられる部分」としています。
具体的には、マンションのベランダや玄関、エレベーター、廊下、階段など以外の、例えばボイラー室などで発生した場合を想定していると思われます。
ボイラー室で起きたものについては、殺人事件であっても告知義務はないということです。
いずれにせよ、買主・借主から問われた場合や、社会的影響が大きい場合は告知義務があるとされています。
心理的瑕疵というヌエ的なものをどう扱うか
人の死が心理的瑕疵に該当するかどうかは、事件の内容や物件の所在地によっても異なります。
30人が殺害された津山事件はのどかな山村で起きた惨劇ですが、事件と関係があるかどうかは別として、限界集落化が進んでいるそうです。小さな集落でこれだけ大きな事件が21世紀に起きれば、この集落に新たに移り住もうとする人はいないでしょう。
2016年に相模原で施設の入所者19人が刺殺され、26人が重軽傷を負った事件がありました。周辺地域に大きな衝撃を与える事件でしたが、この地域に誰も移り住まない状況にはなりにくいと思います。
2008年には秋葉原で通り魔殺人事件が発生し、7人が死亡、10人が重軽傷を負いました。公道上の事件で特定の物件とは無関係であるものの、このあたりの人の往来は影響を受けていません。
2001年には大阪教育大学付属池田小学校で児童8人が殺害されたうえ、児童13人と教職員2人が重軽症を負っています。児童の親にとって、校舎は利用施設に過ぎませんが、校舎は移転していないのに、志願者が激減する状況にはなっていません。
人の死にまつわる事件が、負の影響を与えることは間違いないものの、事件の内容や物件の所在地、利用の必要性、時間の経過などによって、影響の大小が異なるのは事例からも明らかです。
人の心に与える影響という非類型的なもの、ヌエ的なものについて、告知事項のルールを定型化すること自体が、難しい試みなのでしょう。
高齢化・売買と賃貸の区別・マンション
そんな中でも今回のガイドラインは、現代社会の実情を踏まえ、高齢化・売買と賃貸の区別・マンションについて特別に配慮をしています。
高齢化社会において、老衰や病気によって孤独死が発生することは、やむを得ない事です。
賃貸という一時的な不動産の利用においては利用者が入れ替わります。以前の賃借人にいろいろな事情があったとしてもやむを得ませんし、永続的に所有し続けるわけではないので受忍すべきであるという考えもあるのでしょう。
マンションにおいては多数の居住者がいるので、タワーマンションのような大規模物件においては特に、事故物件に該当してしまう可能性が高くなります。だからこそ、居住者が普通に利用する場所以外のスペースで起きたことは、告知しなくてもよいとする考えなのでしょう。
今日の不動産事情を反映する内容である一方、心理的瑕疵という人の心の問題について、一定の線引きをしてしまったことになります。
これで確定的なものとするのではなく、心理的瑕疵という捉えどころのないものだからこそ、今後も社会情勢の変化などを踏まえて見直しを重ねることも考えるべきかと思います。