不動産取引は売買契約の成立により初めて権利義務が発生し、成立前はいかなる権利義務も発生しません。売り主の説明義務もまた、契約成立前に当然に課される義務ではありません。
判例でも「売買契約の目的物にある瑕疵の存在が要素の錯誤に当たる場合やその存在について売り主に告知義務がある場合、その売買契約が無効事由又は取消事由のあるものになり、あるいは、売り主に不法行為が成立し得ることはあっても、売買契約成立前の契約締結過程で瑕疵の存在を告知しなかったことが、売買契約の売り主としての債務不履行になるとは言えない」とされています。ただし、契約成立前に売り主に説明義務が課されるケースが全くないわけではありません。
個々の不動産取引は、取引の対象や契約成立に至る経緯、当事者の属性、契約目的、売り主や買い主の認識などによって多様であり、説明義務の存否やその内容も一律ではありません。さらに、売り主に説明義務のみならず、調査義務が課されるケースもありますが、これらも個々のケースごとに判断されます。
まず、説明義務については、売り主が専門家か否かで区別して考える必要があります。
売り主が宅建業者の場合、宅建業法が「信義を旨とし、誠実にその業務を行わなければならない」としており、重要事項を説明する義務が定められています。この規定はいわゆる「行政法規」ですが、宅建業者の場合、民事上も一般的な説明義務を課されていると考えられています。
また、同じ宅建業者でも消費者契約法上の「事業者」と「非事業者」では、義務の根拠や程度が違います。売り主が事業者の場合、同法は「消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるため、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない」と定めています。一方で、同法では、宅建業者でなくても事業者であれば、非事業者より説明義務は加重されます。非宅建業者かつ非事業者の場合の説明義務は、売却予定者が購入希望者に対し、民法の信義誠実原則に基づいて負担する義務となります。
説明義務は、契約締結に至るプロセスで、売却予定者が購入希望者に対して負担する義務です。説明義務が課されるタイミングは契約成立前で、違反行為の法律構成は多くの場合、契約関係にない者の間の義務違反と捉えて不法行為とされます。一方、説明義務は売買契約での付随義務であるとし、債務不履行責任と解する考え方もあります。
過去の裁判例でも、説明義務違反による売り主の責任を不法行為と解釈したケースがあります。また、売買契約の付随義務としての債務不履行と解釈した裁判例や、契約締結上の過失と捉えた裁判例もあります。後者は、契約成立前のプロセスで売却予定者として果たす必要があった義務に対する違反として「過失」の一種と解したものです。
「過失」と捉えた場合、「説明義務違反」と「交渉破棄」の2パターンがあります。説明義務違反は契約が成立した場合の問題ですが、交渉破棄は契約締結に至らなかった場合の問題です。どちらも「契約締結上の過失」ですが、両者は局面が異なります。
さらに、説明義務違反は「誤った情報の提供」と「情報を提供しないこと」の2通りに分けられます。