不動産鑑定強化における土壌汚染の取り扱い

不動産鑑定評価では土壌汚染の問題をどのように扱うのでしょうか。

土壌汚染対策法が制定されるまで土地の鑑定評価にあたって土壌汚染が問題となることはほとんどありませんでした。もっともマーケットでは平成10年ころから次第に土壌汚染調査が行われ始めたので、意識の高い取引当事者では次第に土壌汚染が土地価格に影響を与え始めていたわけですが、不動産鑑定評価基準が土壌汚染を意識して変更されたのは、平成14年7月3日(施行は平成15年1月1日)が最初です。これは土壌汚染対策法の制定された平成14年5月29日のすぐあとです。

ただこの時点での不動産鑑定評価基準では、物件調査の拡充の観点で、価格形成に係る事項として土壌汚染を含む地中の状況も明記されたにとどまっています。もっとも土壌汚染の土地評価も意識して、不動産鑑定士だけでは価格形成に重大な影響を与える要因が明らかではない場合にほかの専門家が行った調査結果を活用することなどが規定されています。またこの改正に伴って国土交通省の「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」も改正され、土壌汚染についての留意事項が明記されています。しかしその留意事項は土壌汚染の土地をどのように評価すべきかについての基本的な考え方をクリアにしているわけではなく、土壌汚染対策法の規制との関係で一定の対応を指示するものに過ぎないものでした。もともと土壌汚染対策法の規制に服して土壌汚染の調査が義務付けられる場合は極めて限定的で、圧倒的に多くは任意の調査でしたので、任意の調査で判明した土壌汚染をどう評価すべきなのか、また土壌汚染の疑いはあるが、土壌汚染の有無が不明な土地についてどのように評価すべきかについては、不動産鑑定評価基準も留意事項も明確な回答を用意してはいませんでした。
そこで社団法人日本不動産鑑定協会では、不動産鑑定士が自らの判断で土壌汚染がないと判断して不動産鑑定評価ができる場合とはどういう場合かを明らかにすること等を目的として、平成14年12月に「土壌汚染に関わる不動産鑑定評価上の運用指針Ⅰ」を公表しました。ここでは、不動産鑑定士は、①公的資料調査(法令上の規制対象の土地かどうか)、②不動産登記簿による調査(土地及び建物の所有者又は建物の表題部等からm工場利用の過去があるかなど)、③住宅地図及びそれに類する地図等の調査の三種類の調査については必ず行い、必要であれば追加的にヒアリング調査、現地調査及び航空写真調査等を行うべきものとし、このような調査を行っても土壌汚染の存在を疑わせる端緒となるべきものを確認できない場合は、土壌汚染がないものとして不動産鑑定を行えるとしたものでした。
その後、不動産鑑定士が運用指針Ⅰに従って調査を行ったうえでの対応をさらに示したのが同協会の平成16年10月の「土壌汚染に関わる不動産鑑定評価上の運用指針Ⅱ」です。そこでは、土壌汚染の存在を疑わせる端緒となるべきものが確認できた場合には専門の調査機関の調査を経て鑑定を行うべき旨を依頼者に説明すべきこと、かかる専門の調査機関による調査ができない場合は原則として鑑定評価を行うべくではなく、安易に不動産鑑定士の判断のみで価格への影響が著しく少ないなどと判断すべきでないことが明記されています。端緒があるにもかかわらず専門の調査機関の調査を経ることなくあえて鑑定評価を行う場合は、そのような調査が行われていないことや不動産鑑定士が行った独自調査の範囲と内容も明記すべきことが書かれています。
その後、不動産の証券化が活発となり、不動産鑑定評価基準自体が平成19年4月2日に改正され、各論第3章に「証券化対象不動産の価格に関する鑑定評価」が入りました。これは土壌汚染だけを対象とするものではなく、「建築物、設備等及び環境」に関する専門家の調査報告書(いわゆる「エンジニアリング・レポート))の提出を証券化対象不動産(定義も基準に記載されている)の鑑定では依頼者に求めるべきこと、その提出がない場合又は記載された内容が鑑定評価に活用する資料として不十分であると認められる場合は不動産鑑定士が調査を行うなどして適切に対応すべきことが規定されています。土壌汚染もここでいう「エンジニアリング・レポート」の対象と考えられています。したがって、土壌汚染についてのエンジニアリング・レポートが依頼者から渡されない場合、不動産鑑定士の独自調査で土壌汚染を疑わせる端緒が発見されれば、証券化対象不動産については価格への影響が著しく少ないとして土壌汚染を無視することはできません。この点が証券化対象不動産とその他の不動産における鑑定評価基準の違いになります。
その後、平成21年8月28日不動産鑑定評価基準はさらに一部改正されていますが、土壌汚染が直接に関わる改正ではありません。
土壌汚染が疑われるものの調査が行われていないとか、土壌汚染の調査が行われてはいるがその調査が不十分であるとかの場合に、専門家の調査を行ってうえで不動産鑑定を行うことが望ましいのですが(証券化対象不動産では土壌汚染が疑われる場合には専門家の調査が必須となりますが)、その費用や時間がないといった場合に、土壌汚染が除去された者との想定を行っての不動産鑑定が許されるのかという問題があります。不動産鑑定評価基準では、想定上の条件を加味して鑑定を行ってよい場合は「依頼により付加する想定上の条件が実現性、合理性、関係当時者及び第三者の利益を害する恐れがないかなどの観点から妥当なものでなければならない。」とされており、実現性もないのに土壌汚染の除去を想定した不動産鑑定を行うことはできないことになっています。この場合は、不動産鑑定評価基準を一部満たさない価格等の調査しかできません。したがってこの両者を峻別することが必要となります。この点について平成21年8月28日に「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン」が出されています。
また減損会計の導入等により、減価がもたらされている土地については、その評価減に着目して財務諸表において適切な表示が求められます。したがって、財務諸表の作成にあたて不動産鑑定士が土地の評価を求められる場合が増えることになります。この場合の不動産鑑定士の適切な対応を確保するために、平成21年12月24日に「財務諸表のための価格調査の実施に関する基本的考え方」が発表されています。これは減損会計基準、棚卸会計基準、賃貸借不動産会計基準、企業統合会計基準、事業分離会計基準、連結会計基準等を適用して行われる財務諸表の作成に利用される目的で不動産鑑定士が価格調査を行う場合に適用するものとされています。ここでも不動産の重要性が乏しいものに該当しない場合(すなわち「みなし時価算定」ではなく「原則的時価算定」が求められる場合)は、原則的に不動産鑑定評価基準により評価すべきものとされていますが、不動産鑑定評価基準によらないことに合理的理由がある場合は、よらなくてもよいとされています。例えば、想定上の条件に関しては、土壌汚染の可能性についての調査、査定又は考慮が依頼者により実施されると認められれば、土壌汚染の可能性を考慮外とする想定上の条件を付加できるとしています。つまり、土壌汚染によってどれだけ減価すべきかについては、依頼者が調査し、適切に考慮すると認められれば、その原価を考慮しないで不動産の価格を判断してよいということを示しています。
不動産鑑定に関わる諸規則やガイドラインについては、概ね位所の通りですが、これらを見ても具体的にどのような土壌汚染があればどれだけの減価とすべきかについて指針が示されているわけではありません。土壌汚染対策法上、土壌汚染対策が義務付けられる場合はかなり限定的ですが、マーケットでの評価はかかる義務の有無とは無関係に、当該土地の土壌汚染が土壌汚染対策法の濃度基準を超えれば減価されるという状況にあること、また多くの場合、掘削除去費用を計算し減価していることから、不動産鑑定がマーケットでの評価を示すことにあると考えると、濃度基準を超えた土壌汚染の掘削除去を前提とした原価が原則となるものであろうと考えます。もっとも土壌汚染対策としては掘削除去が常に必要なわけではなく、様々な合理的対策がほかにあることは、平成21年改正作業において広く指摘されていたことで、掘削除去を求めるマーケットは、過剰な反応を示しているともいえます。したがって、今後、マーケットの求める土壌汚染対策に変化があれば、当該対策に応じた費用を前提に減価すべきものと考えます。
なお、土壌汚染対策が講じられた後も、かつてそこに土壌汚染が存在したということが心理的嫌悪感(「スティグマ」と呼ばれます)を生じさせ、減価要因になりうることは、前期「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項」にも記載があります。これは対策自体が掘削除去や浄化という徹底した手段でなければ、なお汚染が存在することから当然ですが、掘削除去や浄化という徹底した手段を講じてもありうることに注意が必要です。もともと当該土地の土壌の全量検査を行って土壌汚染の有無を把握しているわけでもない以上、100%の調査ではないのであって、当該土地に土壌汚染が発覚したというのは調査ポイントで発覚したというに過ぎないからです。当該土地で汚染が発覚した調査ポイントがあれば、調査していないポイントにも汚染がある可能性は実質的にあるわけですから、いくら対策を講じたからといっても、完全な対策とはいえないだろうと不安を覚えるのはむしろ合理的だからです。
土壌汚染の疑いのある土地の不動産鑑定には、なお解決困難な問題が少なからずあります。特に大きな問題は、建物が存在するために土壌汚染調査に大きな制約がある場合です。厳密にいうと、調査できない以上、鑑定評価もできないはずです。しかし、依頼者の同意を得たうえで、専門家の意見を徴して、既存資料から汚染の分析について合理的な装丁を行うことができれば、かかる分布を前提として対策費を出すことも可能かと思われます。そのうえで売却時に対策を講じられない性質の土壌汚染状態であれば、建物取壊し時期など対策することになると思われる時期を想定して、現在価値に評価の上、減価するなどの対応を行うべきと考えます。

2017-12-13 15:41 [Posted by]:不動産の弁護士・税理士 永田町法律税務事務所