住宅瑕疵担保履行法
平成17年、構造計算書が偽装されてマンションが建設され、販売されていたという「耐震強度偽装事件」が発覚しました。新築住宅を販売する事業者は、品確法に基づき、売り主として構造耐力上主要部分と雨水侵入防止部分について、引き渡しから10年間の瑕疵担保責任を負いますが、事業者に資力がなければ、現実には瑕疵担保責任は履行されず、被害回復がされないままになってしまいます。そして、この耐震強度偽装事件を契機に、消費者が瑕疵担保責任を追及できる法的権利が「絵に描いた餅」になってしまう問題が顕在化したのです。
耐震強度偽装事件後、従来の建築制度や新築住宅の供給のあり方に関する多くの深刻な課題に対処すべく、建築行政、建築士制度、消費者保護の各分野で、住まいの安全確保を目的とした諸々の法律が整備されました。「特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律(住宅瑕疵担保履行法)」は、このうち消費者保護の分野で、瑕疵担保責任を履行するための事業者の財産的な裏付けを強化し、消費者の権利を実効化するため、同19年に成立した法律です。
この法律では、新築住宅を提供する事業者には、保証金供託か保険加入のいずれかの資力確保措置を講じることが義務付けられました。どちらの措置も講じなければ、新築住宅の販売や新築受託の請負はできません。
品確法は、新築住宅の取得者を保護する一方で、売り主が負うべき瑕疵担保責任について買い主の実体的権利を強化しています。履行法もこれと同じ目的を有しています。事業者に資力確保を義務付け、品確法上の責任が確実に履行されることを促すことで、取得者を保護しています。
品確法と履行法は「実体的な権利強化」という面と「権利の履行を確実にする」という面から、取得者の保護という同一目的を達成するため、制定されました。履行法では、品確法に基づく新築住宅の売り主の瑕疵担保責任を「特定住宅瑕疵担保責任」と名付けています。この特定住宅瑕疵担保責任が、供託又は保険で守られるべき責任として、法律の中心的な概念に据えられています。なお、特定住宅瑕疵担保責任の対象は、住宅に限られます。
品確法は、住宅を「人の居住の用に供する建物又は建物の部分」と定義付けています。具体的には、個人住宅▽共同住宅▽社宅・官舎▽別荘▽分譲リゾートマンション――などがあります。同じ建物に「居住用部分」と事務所・店舗・倉庫など「非居住用部分」の両方が併存する時、前者は住宅になります。また、共用部分は全て住宅として扱われます。
住宅かどうかは、建物の構造を問いませんので、鉄筋コンクリート造や木造など、どのような構造でも該当します。また、ホテルや旅館は「人を宿泊させる営業のための施設」で、住宅には当たりません。会員制リゾートマンションや宿泊施設のついた研修所なども同様に、住宅ではありません。一方、持ち家でなく貸家でも、住宅です。賃貸住宅は、民間賃貸住宅のみならず、公営住宅や公務員宿舎なども含みます。
社会福祉・老人福祉関連施設は、高齢者向け賃貸住宅▽「グループホーム」(介護保険法に基づく認知症対応型共同生活介護や介護予防認知症対応型共同生活介護を行う住居)▽「ケアホーム」(障害者自立支援法に基づく共同生活介護を行う住居)は、住宅です。これに対し、老人福祉法に基づき設置される「特別養護老人ホーム」や「優良老人ホーム等事業を行うための施設」は、住宅に当たりません。
特定住宅瑕疵担保責任の対象は「新築住宅」に限られ、「中古住宅」は資力確保措置の対象外です。なぜ、新築住宅だけが資力確保措置の対象とされているのでしょうか。
新築住宅は欠陥のないことを前提とする売買目的物なので、欠陥があったら責任を負うのは当然です。これに対し、中古住宅は多くの場合に瑕疵担保責任を負わないものとして、欠陥が存在したまま売買されます。また、瑕疵担保責任を負う契約を締結する場合でも、欠陥や劣化が「契約上の瑕疵」に当たるか否かを判定するのは困難です。
新築住宅の場合、売り主が宅建業者であるのが一般的であるのに対し、中古住宅の売り主は通常、業者ではありません。業者ではない個人に長期の瑕疵担保責任を負担させるのは酷です。こうした事情を考慮し、品確法と履行法は「新築住宅の瑕疵」のみについて、特定住宅瑕疵担保責任として特別の保護が与えられるとしています。
「新築」の定義は、「建設完了から1年を経過しておらず」「人が居住したことがない」ものをいいます。「建設完了」は、全工程(施工者による検査を含む)を終え、買い主に引き渡すだけとなった段階を指します。全工程が完了したといえるか否かは、「検査済証の交付」又は「建設住宅性能表示評価における最終の現場検査の完了」が目安となります。人が居住しなくても、建設工事完了から1年を経過すると、新築ではなくなります。
また、一度でも人が居住すれば、新築ではなくなります。新築住宅にいったん人が居住し、その後、転売された時は建設完了から1年を経過していなくても新築住宅ではなくなります。なお、モデルルームが建設完了後1年以内に販売された場合や、体験型の宿泊をさせた場合は新築です。
上述しましたが、「特定住宅瑕疵担保責任」の対象部位は、構造耐力上主要な部分(構造耐力上主要部分)と雨水の侵入を防止する部分(雨水侵入防止部分)という住宅の基本構造部分です。法の保護対象が限定されるのは、なぜでしょうか。
まず、基礎・床・柱・壁や、開口部の戸・枠など住宅の基本構造部分は、住宅の存立や安全な使用に重要な影響を及ぼし、瑕疵があると修補に多額の費用が必要になります。また、工事完了後は内装などに覆われ、外観から瑕疵を発見することが困難となります。このため、瑕疵発見までに長い期間がかかり、それがために被害がさらに拡大するケースも生じ得ます。加えて、住宅の基本構造部分は10年間では劣化せず、国際的にも特段の保護を与えられるのが一般的です。また、一般消費者からみても、特に強く瑕疵の不存在が望まれる部位と言えます。
反対に、他の部位は一律に強い保護を与えることは不適当です。部位によって耐用年数は異なりますし、責任期間を同一に扱えません。法で瑕疵担保責任を強制し、資力確保措置を義務付けることは「契約自由の原則」に対する強い制約となりますから、制約を課す対象部位は必要最小限度にとどめる必要があります。このような理由で、品確法は基本構造部分に限って瑕疵担保責任を強化し、新築住宅の取得者の保護を図っているのです。
「構造耐力上主要な部分」は、主に戸建住宅の骨組やマンションの躯体部分、「雨水の侵入を防止する部分」はサッシや仕上げ材を設置するための土台である「下地」などです。前者は具体的には、住宅の基礎▽基礎杭▽壁▽柱▽小屋根▽土台▽斜材(筋交いや方杖、火打材その他これらに類するもの)▽床板▽屋根板又は横架材(梁、桁その他これらに類するもの)です。つまり、住宅の自重や積載荷重、積雪、風圧、土圧若しくは水圧又は地震その他の震動や衝撃を支えるものを言います。また、後者は、住宅の屋根若しくは外壁又は開口部に設ける戸、枠その他の建具▽雨水を排除するため住宅に設ける排水管のうち、屋根や外壁の内側又は屋内にある部分を言います。
品確法は、「特定住宅瑕疵担保責任の存続期間」である責任期間について、売り主が買い主に新築住宅を引き渡した時から10年間と定めています。
建物は経年劣化により、不具合を生じさせます。しかし、住宅の基本構造部分(構造耐力上主要部分と雨水侵入防止部分)は、法令遵守して建築されている限り、10年以内に経年劣化による不具合が発生することはありません。建物の主要部分に関する10年程度の保証期間は、国際的にも一般的です。
また、もし住宅の基本構造部分に欠陥があっても、取得者がそれを知るまでに時間がかかります。このため、品確法は強制的に住宅の基本構造部分の瑕疵担保責任を特例で10年間存続させるとしたのです。なお、民法は「木造」と「木造以外」の建物で責任期間を区別していますが、新築後10年間でみれば、両者の耐久性は異ならないと考えられます。
なお、新築住宅が請負人から売り主に引き渡された場合、責任期間の起算点は「引き渡し時」となります。
特定住宅瑕疵担保責任に関し、瑕疵担保責任を10年より短縮する特約や、「構造耐力上主要部分」又は「雨水侵入防止部分」について瑕疵担保責任を負わないとする特約を付しても、効力は生じません。
他方、品確法は任意の特約で責任期間を20年まで伸長し、買い主に有利な内容に変更することを認めています。もっとも、瑕疵担保責任の存続期間を10年以上とする特約が付されていても、品確法の特例に基づく権利が買い主に有利な内容に変更されるわけではありません。責任期間を伸長する特約は「私法上の義務」として、売り主と買い主の間で効力を有するにすぎません。従って、特約で責任期間を伸長しても、履行法による資力確保措置により優先弁済を受けられる権利の範囲は変わりません。
新築住宅の供給において資力確保措置を義務付けられるのは、国土交通大臣又は都道府県知事の免許を受けて宅建業を営む「宅建業者」です。また、新築住宅の請負については、建設会社も資力確保措置が義務付けられます。「非宅建業者」が新築住宅の売り主となるケースもないわけではありませんが、その場合は新築住宅を販売する場合でも資力確保措置の義務は課されません。
資力確保措置の目的は、新築住宅を取得する一般消費者の保護です。買い主が一般消費者なら、事業者は資力確保措置の義務を果たさなければなりません。これに対し、宅建業業者による新築住宅の取得は、法的保護の対象とはなりません。宅建業者は不動産売買について専門的な知識や能力を有していますので、自らの責任で取引の相手方の資力リスクを負担すべきという考え方によります。このため、取引の相手方の資力を法で確保するという手法は不要となります。
履行法は、宅建業者に資力確保措置を義務付ける取引について、最終的に一般消費者に新築住宅を供給する場合に限定し、別の宅建業者との売買は専門家同士の取引として資力確保措置を求めず、法規制の対象外としています。買い主が宅建業者である時は、売り主が宅建業者であっても資力確保措置の義務付けはありません。同法は、資力確保措置として供託を原則としています。保証金の供託は、事業者自身による瑕疵修補が難しい場合に備え、資金を供託所に保証金として預託しておくものです。
一方で、保険に加入している新築住宅は、供託は不要とされています。つまり、資力確保措置について「原則として供託、例外として保険」とする仕組みを採用しています。ただ、決して供託が保険より適切で望ましい措置であるということではありません。いずれによっても同様の資力確保が果たされるのであり、事業者は全く同一の価値の下でどちらかを選択できます。資力確保の価値として見た時、供託と保険は同一で優劣関係はなく、どちらも選択できます。
紛争処理
住宅は生活に欠かせない基盤です。高額で取引され、長く居住するケースも少なくないわけですから、深刻なトラブルは避けたいものです。そして、やむを得ず、トラブルが発生してしまったとしても、公正で迅速な問題解決が図られなければなりません。
そこで、品確法は「住宅トラブルの未然防止」と「トラブルの迅速、適正な解決」を目的とし、指定住宅紛争処理機関の制度を創設しました。同機関については、弁護士会又は一般社団法人・一般財団法人のうちから、住宅に関する紛争処理業務を公正・適格に行うことができると認められる者を国土交通大臣が指定すると規定されています。
同機関は、建設住宅性能評価書が交付された住宅の建設工事の請負契約又は売買契約に関するトラブルについて、当時者の双方又は一方からの申請があった時に、解決する業務を担います。評価住宅に関する紛争であれば、紛争処理の対象は、評価書の記載事項に限定されません。逆に、評価住宅に関する紛争でなければ取り扱いません。
また、住宅瑕疵担保履行法は、保険の付された保険付住宅の請負や売買に関する紛争も同機関が扱うと規定しています。また、同機関はあっせん、調停、仲裁により紛争を解決しますが、紛争内容が複雑で専門的な場合もあります。こうした事情を踏まえ、国土交通大臣は同機関の支援などを目的に住宅紛争処理支援センターを指定できるとも定められています。