売り主の説明義務違反

賠償範囲

売り主が説明義務に違反し、それが原因で買い主が損害を被ると、売り主は買い主に対して損害賠償義務を負います。債務不履行による損害賠償は「履行利益」の賠償とされますが、売り主の説明義務違反は、売り主の本来的債務の不履行ではなく、契約締結に至るプロセスでの義務違反であり、契約締結上の過失の一場面という法的性格を持ちます。このため、判例は売り主の説明義務違反による損害賠償の範囲を「信頼利益」としています。

損害項目

売り主の説明義務違反により、「売買代金」と「適正な説明がなされた場合に想定される交換価値(減価要因を考慮した適正価格)」との間に差異が生じる場合、差額(減価分)が説明義務違反による損害となります。

説明義務違反に伴い、目的物の減価分が損害とされた裁判例には、隣人の迷惑行為▽接道条件▽地中埋設物の存在▽土壌汚染▽火災死傷事故が起きた現場だったこと▽都市計画道路区域内だったこと▽土地の一部が都市計画に基づく道路敷地だったこと▽自殺があった現場だったこと――などがあります。損害額は売買代金の一定割合として認定したケースが多くある一方で、具体的な金額が直接示された例もあります。

もっとも、目的物の減価分が損害になると言っても、説明義務違反と減価との因果関係は個々の要因で異なります。諸々の事情を踏まえ、損害額が大幅減額されたり、損害自体がなくなったりしたケースがないわけではありません。

売り主の説明を受けなかったことが原因で、建物に補修工事が必要となり、工事費分の損害賠償が肯定された裁判例として、強度不足▽土壌浄化▽地中埋設物の除去――などのケースがあります。また、雨漏りが原因で、マンションが単なる簡易宿泊施設としてしか利用できないとして、賃料相当額の損害賠償を肯定した裁判例もあります。

他にも、接道条件に関する説明義務違反があり、借入金の利息相当額を損害として肯定した▽土地の一部が都市計画道路区域にあることの説明義務違反の事案で、不動産鑑定費用の半額を損害として肯定した▽土地区画整理事業における組合総会決議に基づく賦課金に関する説明義務違反の事案で、買い主が支払いを余儀なくされた賦課金相当額を損害として肯定した▽銭湯の煙に関する説明義務違反の事案で、引越費用や車庫代、移転通知義務などを損害として肯定した――といった裁判例があります。

また、契約不履行によって没収されることになった手付金を損害とした裁判例や、水没する可能性の高い土地の売買について河川法の説明義務違反により、支払い済みの手付金を損害とした裁判例もあります。

民事訴訟法は「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難である時は、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる」と定めています。ある裁判例では、防火戸の電源スイッチの位置や操作方法などに関する説明義務違反の損害について、「火災が発生した際、防火戸のスイッチが切られたままの状態で引き渡されていたため防火戸が作動せず、本件南側区画にまで熱気、濃煙が拡散し、焼損、変色、濃煙等の付着により損害が拡大したことが認められ、拡大した損害について賠償責任がある」としながら、「内部の現場の状況に基づき、その具体的な範囲及び程度等を確定することができないため、具体的な金額を確定することが困難であるから、民事訴訟に基づき、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定する」として、賠償額を算定しています。別の裁判例は、建築制限に関する説明義務違反で、工期の延長による金利負担増と引き渡し遅延により得られるはずの賃料を得られなかった分の双方について損害であることを否定しています。

解除と賠償

売り主の説明義務違反が原因で売買契約が解除になった場合、買い主が売り主に既に代金や手付金を支払っていれば、売り主に代金や手付金に相当する額の返還義務が生じます。売買代金や手付金に相当する額の支払いは、取引した不動産物件の引き渡しや抹消登記と同時履行の関係にあります。

売買契約書には、売り主に債務不履行があった場合の違約金の支払い義務が盛り込まれるのが一般的です。そして、説明義務違反があれば、違約金の支払い義務が肯定されます。ただ、契約が解除されても違約金の支払いまでは認められないとした裁判例もあります。

また、取引対象の建物からの眺望について、買い主への虚偽説明があったと認定された事例では、契約解除に伴って売り主に手付金の返還義務は生じるものの、売り主が契約上の債務履行を怠った場合には当たらないとして、違約金の支払いは否定されています。

契約解除により、売り主と買い主は、契約が存在しなかった状態に戻す原状回復義務を負います。契約書作成の印紙代や所有権移転登記の手続費用、契約成立のための仲介手数料、引越費用・入居費用、保険料、固定資産税などは、契約を締結していなければ支払うことのなかった費用として損害となります。ある裁判例は、買い主が借り入れた資金の金利も損害と認定しています。また、新築マンションの売買契約が解除された場合のオプション工事代金が損害として認められたケースもあります。

2020-03-18 18:56 [Posted by]:不動産の弁護士・税理士 永田町法律税務事務所