精神的損害の填補

不法行為や債務不履行による損害は、身体や財産に対するものだけではなく、精神的苦痛も損害となります。この精神的損害を填補する賠償が、一般に「慰謝料」といわれるものです。

民法は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と、不法行為による損害賠償を定めています。そして、さらに「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれかであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負うものは、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない」と、精神的損害も不法行為による損害賠償の範囲に含めています。

なお、身体や自由、名誉が侵害された場合に精神的損害が生じるのは当然ですが、財産的利益が侵害された場合は財産的損害が賠償されれば、特別の事情がない限り、精神的損害も回復されるとされています。財産的損害に対する賠償によってもなお、回復されない精神的損害がある場合に限り、慰謝料請求が認められます。

財産的損害に対して慰謝料請求が認められるか否かに関しては、近時の代表的な最高裁判例が二つあります。平成15年の判例は、地震保険に関する説明を受けなかったことで加入するか否かの意思を決める機会を奪われたとして慰謝料の支払いを求めた事案で、「意思決定に関し、仮に保険会社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分、不適切な点があったとしても、特段の事情が存しない限り、これをもって慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することはできない」と、精神的損害を否定しています。

他方、同16年の判例は、住宅・都市整備公団の建替事業に当たり、住宅の賃借人が明け渡しなどで事業に協力し、建て替え後に分譲住宅を優先購入するに当たり、公団が賃借人への譲渡価格と同じ価格で一般公募を直ちにする意思を有していなかったのに、一般公募を直ちにする意思がないと説明しなかったことについて「譲渡契約を締結するか否かの意思決定は、財産的利益に関するものではあるが、公団の行為は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することが相当」とし、精神的損害を肯定しています。

慰謝料を肯定するか否かの判断に当たっては、被害者側の事情も考慮されます。原野商法に関する裁判例では、不法行為による土地購入額と時価の差額を財産的損害と肯定しながら、「土地の時価を控除した売買代金の返還により、財産的損害の全額を回復することができる」とした上で「買い主が土地の購入に際し、その価値について十分な検討を加えることなく、業者の説明を鵜吞みにし、転売による利益を見込むなど軽率・無思慮な点があったことも否定し難い」とし、慰謝料の支払いを認めませんでした。

また、「法人」は自然人のような精神的苦痛を受けることはありません。ある裁判例は、法人の慰謝料について「法人であるから、そもそも精神的損害ということは考えられない」と否定しています。ただ、法人の権利や法律上保護される利益が侵害され、数理的に算定できない無形の損害が生じ、これを金銭で評価することが可能で、その賠償が社会観念上妥当と認められる場合には、法人も賠償請求権を行使し得るものと解釈されています。

精神的損害以外の性格

「慰謝料」に精神的損害の填補以外の性格を持たせた裁判例も存在します。ある裁判例は「財産的損害が生じることは確かだが、その金額が明らかではない場合」の慰謝料額を定めるに当たり、財産的損害を踏まえています。また、別の裁判例は、眺望に関して「主観的な捉え方にも影響され得る事項なので、客観的時価の差額を正確に算出することは困難で、経済的損失を慰謝料で斟酌するのが相当」としています。一方、日照の減少や光熱費の増加を慰謝料において考慮するとした裁判例もあります。

裁判例

「瑕疵担保責任」に関して認められた慰謝料額の例として、外壁タイルの剥離・剥落(30万円)▽耐性欠如のための建替(150万円)▽漏水(100万円)▽パンフレットと異なる設備やパティオなど(50万円)▽構造計算上の強度不足(300万円)▽浸水対策(100万円)▽耐火性(50万円)▽水道の「赤水」(200万円)▽鉄道騒音(25万円)▽地盤の不等沈下(80万円)――があります。ある裁判例は「精神的苦痛に伴う住み心地の悪さを解消するために諸費用を費やした」などの事情から、建物の減価による損害を100万円としました。この事例では、精神的損害を財産的価値の減価に取り入れたと解釈することができます。

また、「説明義務違反」に関して認められた慰謝料額の例として、眺望(30万円)▽構造計算上の強度不足(300万円)▽ペット(70万円)▽電柱の位置(50万円)▽隣地の状況(300万円)▽建物の向き(120万円)▽新築マンション販売の駐車場(50万円)▽新築マンションの値下げ販売(100万円)▽都市計画道路区域内(50万円)▽花火の眺望阻害(60万円)▽マンション高層階からの眺望阻害(80万円)▽土砂崩れ死亡事故の発生を防止すべき注意喚起義務違反(200万円)▽暴力団関係者へのマンション販売を回避する義務違反(200万円)▽高架道路の建設計画(200万円)▽危険性の高い物件の販売(10万円)――があります。

ある裁判例は、自殺現場に関して売り主が説明義務を果たさなかったケースで「買い主の精神的苦痛の程度は、経済的観点からの損害の填補により、相当程度軽減される性質のものであると考えられる」などとして慰謝料と財産的損害を合わせて算定しています。

他に仲介業者の説明義務違反で慰謝料を認めた裁判例としては、軟弱地盤(500万円)▽周辺の開発計画(20万円)▽代理権限の調査(1万5000円)▽都市計画道路区域内(50万円)▽隣地の状況(300万円)▽高架道路の建設計画(200万円)▽違法建築(50万円)――があります。

また、「賃貸借」に関する慰謝料が肯定された裁判例として、高齢者向け優良賃貸住宅の緊急時対応サービス(10万円)▽外国籍を理由とした交渉破棄(20万円)▽雨漏り(30万円)▽電気と水道の供給停止(20万円)――があります。

一方で以下は、慰謝料を否定した裁判例です。

「瑕疵担保責任」について慰謝料を認めなかった裁判例として、接道条件▽崖条例▽床のきしみ▽勾配不足▽戸建て住宅の雨漏りとシロアリ▽シックハウス▽火災による焼毀歴▽不等沈下▽戸建住宅のコウモリ棲息▽排水設備の不存在――などがあります。

「売り主の説明義務」に関する慰謝料請求を認めなかった裁判例には、土壌汚染▽崖条例▽第二種高度地区における高さ規制▽土地区画整理事業の賦課金▽自動ドアの不具合▽都市計画道路敷地▽新築マンションの眺望▽銭湯の煙突からの煙――などに関するものがあります。

他に売り主の義務について慰謝料を認めなかった裁判例として、新築マンションについて瑕疵のない建物を引き渡す旨の合意違反▽賃貸人に関する情報提供▽検査済証の交付▽港が見える眺望の阻害▽原野商法――に関するものがあります。

媒介業者の説明義務違反を認定しながら慰謝料を認めなかった裁判例として、崖による建築制限▽第二種高度地区における高さ規制▽土地計画道路敷地▽シロアリ被害、柱などの腐食▽賃貸契約書の作成▽火災による焼毀歴▽建物の傾斜▽通行承諾▽雨漏り▽売り主の権限調査▽特別高圧電線――に関するものがあります。

2020-03-18 18:11 [Posted by]:BMB