瑕疵担保責任での損害賠償請求について

賠償範囲

損害賠償の範囲には「履行利益」や「信頼利益」と呼ばれる概念があります。前者は本来の債務が履行されたとしたら得られたはずの利益をいい、後者は契約が有効だと信じたことで失われた利益を意味します。一般的に、後者は前者より範囲が限られ、転売利益などの「得べかりし利益」(逸失利益)を含まないという違いがあります。

「債務不履行を理由とする損害賠償」は、本来の債務が履行されたなら実現したであろう債権者の地位を実現することが目的であるため、履行利益の賠償とされます。これに対し、「瑕疵担保責任を理由とする損害賠償」は信頼利益とされます。不動産売買のような「特定物売買」において、売り主の本来の債務は目的物をそのまま買い主に移転することに尽き、瑕疵のない目的物の引き渡しという債務の履行を想定することはできません。

しかし、売り主が「瑕疵ある目的物」を引き渡せば、買い主は契約通りの代金を支払いながら欠陥品しか入手できないという衡平でない状況が生まれます。こうした状況を解決するために、認められたのが「瑕疵担保責任」です。売買契約における瑕疵担保責任は、履行利益の賠償ではなく、買い主が「売買目的物に瑕疵はない」と信じたことによる信頼利益の賠償に限られるというのが伝統的な解釈です。

最高裁も、「瑕疵担保を理由とする損害賠償責任は、売買対象たる物件に関し、当初から瑕疵が存在し、このような一部原始的不能(契約の一部無効)なものを対象としたことにより、これを知らずに買受けた買い主の損害を填補するものであり、その本質は買い主が瑕疵を知っていたならば受けなかったであろう損害を填補することを内容とするもので、いわゆる買い主の信頼利益を保護することにある」とし「給付内容が契約上全部有効に成立し、履行可能であったものが後発的不能となったような場合、すなわち、債務者の帰責原因を根拠とする債務不履行の一態様である履行不能とは本質を異にし、賠償の範囲についても両者異にするものといわねばならない」とした高裁レベルの判断を維持し、損害賠償の範囲を信頼利益とする立場を取っています。その他の多くの裁判例でも、この考え方は明示されています。なお、売り主が瑕疵を知っていたのに買い主に説明していなかったなどといった特別の事情がある場合は、履行利益の賠償が認められることもあります。

因果関係

民法は「債務不履行に対する損害賠償の請求は、これにより通常生ずべき損害を賠償させることをその目的とする」「特別な事情で生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見できた時は、債権者はその賠償を請求できる」と規定しており、瑕疵担保責任の損害賠償の範囲に関してもこの規定が準用又は類推適用されます。

一般に、民法は損害賠償について因果関係の相当性(=相当因果関係)によってその範囲を画すものとする「相当因果関係の法理」を採用しています。この法理は、無限に連鎖する可能性のある因果関係について、法的な意味で範囲を限定するもので、裁判所は日常的に「相当因果関係」という用語を使っています。瑕疵担保責任が問題とされたケースでこの用語を使った裁判例は多くあります。

大前提として、「瑕疵担保責任による損害賠償」が認められるためには、そもそも損害が生じていなければなりません。隠れた瑕疵があっても損害が発生していなければ、損害賠償請求は認められません。

民法は、損害を「通常生ずべき損害」(通常損害)と「特別の事情によって生じた損害」(特別損害)に分類しています。後者は、売り主がその事情を予見し、又は予見できた場合に、損害賠償の範囲に含まれます。この特別損害の賠償が肯定されるのは、売り主に予見可能性がある場合です。予見可能性の有無を判断する根拠となる事情は、売買契約の締結時を基準に考慮されます。瑕疵担保責任において、予見可能性のあった特別利益の損害を肯定した裁判例もあります。

損害項目

欠陥(瑕疵)があるために目的物の修補が必要な場合、その費用は損害に含まれます。かつては、修補はあるべき姿にすることを目的にするものなので、修補費用は本来の債務が履行されたなら得られたであろう「履行利益」であり、契約が有効と信じたことで失われた「信頼利益」ではないとの理由で、修補費用の損害賠償を否定した裁判例もありました。

しかし、今はこのような考え方は受け入れられておらず、修補費用は当然に損害として肯定されています。なお、修補費用を瑕疵担保責任の損害としては否定しながら、不法行為を根拠に瑕疵修補費用の損害賠償を認めた裁判例もあります。瑕疵修補費用は、現実にこれを支出したか否かにかかわらず、損害として請求できるとされています。

修補費用を損害として認めたケースでは、漏水や遮音性、構造計算上の強度不足、不等沈下、シロアリやコウモリの棲息などが瑕疵とされた例があります。そして、地中埋設物の撤去や汚染土壌の浄化に必要な費用も、一般に「信頼利益」に含まれ、賠償すべき損害となります。実際、地中埋設物の撤去費用や汚染土壌の浄化費用が損害として肯定された裁判例も多くあります。地中埋設物があったことから、基礎工事の工法を変更したことに伴う工事費の増も損害として肯定した裁判例もあります。ただ、個々の事情により、瑕疵の修補費用の全額が損害とされない場合もあります。

瑕疵の修補費用は「通常損害」に含まれない場合もあり、「特別損害」とされる場合でも売り主が予見できれば損害に含まれます。瑕疵の修補費用が極めて高額になる事案の裁判例では「公平の見地から、当該物件の売買代金の価格を超えることは許されず、その価格を最高限度額とすべきである」と判示したケースがあります。また、必要な構造耐力を欠くことから建物を建て替えざるを得ない場合は、新築物件への建替工事代金が損害となりますが、工事費全額を損害として肯定したケースと、建物を建築した際の工事請負代金を限度に認めるべきだとしたケースがあります。

瑕疵修補のためにリース料や保険料といった経費が増えた場合、増加分は損害となり、建替工事を要する場合の工事期間中の転居先の賃料や引越料も損害として認められます。一方で、土壌汚染対策や地中障害物撤去のための引き渡しの遅れによる「得べかりし利益」については、損害に当たらないと否定した裁判例が複数あります。

瑕疵が原因で売買目的物の価値が減少する場合、瑕疵がないことを前提とする売買代金と、瑕疵があることを前提とする客観的評価額との間に差額が生じます。この減価分つまり売買代金から客観的評価額を差し引いた残額が瑕疵による損害となります。

ある裁判例は「売り主が瑕疵担保責任として買い主に負担する損害賠償の範囲は、買い主が負担した代金額から売買契約締結時における瑕疵ある目的物の客観的取引価格を控除した残額に制限される」と判示しています。ここで算定される損害は、瑕疵が原因で本来の価値を欠いていたことによる経済的価値の低下分なので、市況による価格の下落は含まれません。

瑕疵担保責任において、目的物の減額分を損害とした裁判例は多くあり、瑕疵の内容としては、隣人の脅迫的言辞▽殺人事件があった現場▽外壁タイルの剥離▽自殺物件▽雨漏り▽シロアリの棲息▽隣地に暴力団事務所が所在▽火災があった現場▽地中埋設物の存在――があります。

瑕疵の存在を前提とした適正取引価格は、実際に取引されていれば、取引価格を基準とすることができます。ただ、目的物の減価分の判定は決して容易ではなく、売買代金を基準に割合的な算定がなされる場合が多いのが実情です。

具体的には、殺人があった場合の減価分を売買代金のパーセントとする▽新築マンションの外壁のタイル剥離の減価分を建物価格の5パーセントとする▽接道条件の瑕疵の減価分を実質的代金の15~20パーセントの中間値とする▽接道条件を満たさない場合の減価分を売買代金の2割とする▽自殺現場だったことの減価分を売買代金の1パーセントとする▽地中埋設物による減価分を土地価格の50パーセントとする▽暴力団事務所の存在による減価分を売買代金の20パーセントとする――といった例があります。なお、判例では「瑕疵の修補費用」を減価分としたケースもあります。

売買契約成立後、「隠れた瑕疵」が原因で目的を達成できず、契約が解除になった時、売買の目的物が値上がりしていると、買い主が損害として値上り益を請求するケースがあります。しかし、瑕疵担保責任の損害に値上がり益は含まれません。なぜなら、土地の値上り益は「履行利益の賠償」に当たると解されているからです。ある裁判例は「土地の分譲代金の下落分は、不動産に瑕疵がなかったならば得られたであろう利益(履行利益)を失ったことによる損害であり、民法に基づく瑕疵担保責任を負わないものと解される」としています。

また、投資用不動産の売買で売り主が賃料収入を保証したのに、買い主が一切収入を得られないことから、瑕疵担保責任を肯定した判例は「瑕疵担保責任における損害は、信頼利益に限定され、履行利益にまでは及ばないから、賃料収入の減収は損害の対象とならないと解するのが相当」とし、得られるはずであった賃料収入が損害であることを否定しています。

買い主が瑕疵の有無を調査するには費用が必要となります。この調査費用についても、瑕疵がないと信じたことで被った損害(信頼利益)に該当すれば、損害賠償が認められます。実際に調査費用を損害として肯定した裁判例には、土壌汚染▽耐火性の欠陥▽浸水▽漏水▽埋蔵文化財――などに関するケースがあります。

ただ、あらゆる調査費用が損害として認められるわけではありません。買い主は、目的物を購入する際に通常の調査を行うのが一般であり、通常の調査費用は瑕疵による損害になりません。「通常の調査」なのか「瑕疵のために必要となった調査」なのかの区別は簡単ではなく、個々の事情によって裁判所の判断は異なります。

また、調査費用は専門家の調査が必要な場合は損害として肯定されます。ある裁判例は「通常人が容易に認識しうるものではなく、専門家の調査によらなければその有無、程度を知ることはできなかった」ことを理由に損害として認定しています。

購入した建物に瑕疵があり、その一部が使えない時は、建物の購入代金のうち使用できない部分の割合分が損害となります。また、浸水で家具備品などに生じた損害は賠償義務が認められ、ある裁判例は購入額の2割程度の損害を認めています。さらに、補修工事を実施するため、仮の住居に移る必要がある時は、仮住居の賃料や移転費などが損害として認められます。移転の必要がない時は、損害として認められません。

他に、購入した土地の宅地造成工事を進めていたところ、売り主が地中に放置していた鉄筋やコンクリートガラスなどの産業廃棄物を除去する撤去工事が必要となり、重機に関連する追加費用を損害として肯定した裁判例があります。また、売買契約の目的物である土地が土地区画整理事業の対象だったために、事業による賦課金発生の可能性が瑕疵とされたケースでは、賦課金相当額が損害として認定されています。

さらに、購入したマンションの居室が以前、風俗営業に使用されていたことを瑕疵とした裁判例は、損害について「この居室については瑕疵により、対価的不均衡(減価)が生じているものと考えられる」とし、住み心地の悪さを解消するために諸費用を費やしたことなどを考慮して損害額を算定しています。

解除と損害

売買した不動産物件に「隠れた瑕疵」があり、契約目的が達成されない場合、買い主は契約を解除できます。民法は、当事者の一方が解除権を行使した時は、各当事者は相手方を現状に復させる義務を負うと定めています。解除により、契約の両当事者が原状回復義務を負うこととなります。なお、解除権の行使は損害賠償を妨げないので、解除とは別に損害賠償を請求することが可能です。

原状回復とは、契約に基づいてなされた行為の結果を、行為前の状態に戻すことを言います。売り主が売買代金を受領していれば、買い主に返還しなければなりません。売買契約が解除され、受領した売買代金の返還義務を肯定した裁判例は多くあり、解除原因としては、耐火性の欠陥▽雨漏りや水道管の破裂▽土壌汚染▽浸水▽不等沈下▽自殺があった現場だった――などがあります。

一方、買い主は売買代金の返還のみならず、代金支払日以降の法定利息による遅延損害金の支払いも求められます。また、売買契約が解除された時、売り主が既に手付金を受け取っていれば、買い主に返還しなければなりません。買い主は手付金を返還するだけでなく、手付金支払日から法定利息による遅延損害金の支払いも求められます。

解除に伴う売買代金の返還は、目的物の返還や所有権移転登記の抹消と「引換給付」の関係にあります。売り主が代金を返還する一方で、買い主は物件の返還と登記の抹消をしなければなりません。

売買契約が解除されても、買い主に損害が発生していれば、売り主に損害賠償を請求できます。契約書作成の印紙代や所有権移転登記の手続き費用、契約成立のための仲介手数料、引越費用や入居費用、保険料、ローン金利、固定資産税などは元々契約を結んでいなければ支払わなかった費用なので、損害となります。

ところで、不動産売買では、債務不履行による損害賠償として手付金相当額を違約金と定めることが多いのが実情です。瑕疵担保責任は、債務不履行責任ではなく、法定責任とする考え方が一般的なので、契約目的が達成されずに契約解除となる場合、手付金相当額を違約金とする契約条項が適用されるか否かが問題になります。この点に関し、多くの裁判例は「瑕疵担保責任は債務不履行ではない」として違約金条項の適用を否定していますが、肯定する裁判例も存在します。

2020-03-18 17:45 [Posted by]:不動産の弁護士・税理士 永田町法律税務事務所