数量売買指示
民法563条は、権利の一部が他人に属し、売り主が買い主に権利移転できない場合の代金減額請求や解除権、善意の買い主による損害賠償請求を定めています。その上で、「数量を指示して売買をした物に不足がある」時や「物の一部が契約の時に既に滅失していた場合において、買い主がその不足又は滅失を知らなかった」時に、563条を準用しています。数量を指示した売買は「数量指示売買」と呼ばれます。 登記上の土地の面積である「公簿面積=地積」はしばしば、土地の実測面積と合致しません。このうち、地積より実測面積の方が大きいケースを「縄のび」といいます。縄のびは、主に山林や農地で多くみられ、過去の未熟な測量技術や意図的な過少申告(税金逃れ目的が考えられます)が要因とされます。逆に、地積より実測面積の方が狭いことを「縄ちぢみ」といいます。こちらも、過去の未熟な測量技術が要因とみられます。 不動産の売買契約書では通常、売買目的物を特定する目的で、地積をそのまま記載しています。このため、土地の売買で契約書上の面積が実測面積と食い違うケースはよく起こります。 売買契約書上の面積より実測面積が小さい場合、「数量を指示して売買をした物に不足がある」ケースとして、代金減額請求が認められるのかが争われるケースがありますが、その可否を検討する時はまず、「数量指示売買」の意味の吟味が必要です。 不動産取引の実務では「公簿売買」と「実測売買」の2種類があります。公簿売買は、地積と実測面積が食い違っても、代金額を清算しない方法です。一方、実測売買は契約後、実測面積に基づいて代金額を精算する方法です。判例では、公簿売買の約定を根拠として境界明示義務の減免が主張されたことに対し、「公簿売買は売買代金額清算の根拠として公簿面積を基準にすることを指すにすぎず、買受土地の範囲を画する境界を明示すべき売り主ないし仲介人の義務を減免するものとは認められない」と指摘されています。また、公簿売買で面積減が発覚しても、売買代金の減額や損害賠償の請求はできないとした裁判例も複数あります。 ただし、公簿売買も実測売買は法律上の概念ではなく、意味内容が一義的に決まるものではありません。売買契約書で明確な定義をせず、公簿売買や実測売買といった概念を用いることは妥当ではありません。 このため、現在では売買代金を「代金固定型」(代金を契約締結時に限定)と「実測清算型」(契約後に実測し、残金支払い時に清算)に分け、どちらを採用するかを売買契約書で明示する方法が定着しつつあります。なお、大手・中堅の住宅・不動産会社が会員となっている社団法人「不動産流通経営協会(FRK)」は、土地建物の売買契約書の書式として「FRK標準書式」を定め、売買代金の決め方を上記の二つの方法に分けています。 実測清算は隣地との立ち会い確認が欠かせませんが、隣地が公道の場合は立ち会い確認に時間を要する可能性があります。このため、FRK標準書式は、実測清算型をさらに2通りに分けています。隣地との立ち会い確認で公道との立ち会い確認を省略できる「公道省略型」と、公道を含めた全ての境界の確定測量を行う「確定測量型」です。 数量指示売買の意味に関し、最高裁は「当事者において目的物の実際に有する数量を確保するため、その一定の面積、容積、重量、員数又は尺度あることを売り主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が定められた売買を指称するもの」と定義し、確定法理となっています。数量指示売買では、売買契約書で単価を明示し、この単価に数量を乗じて売買代金を算出する方法が通常です。ただし、判例では、当事者が一定の数量があることを前提に又は一定の数量があることを条件に、売買代金額を定めた場合は数量指示売買に当たるとされています。 一方、売買契約書で土地の面積で表示しても、直ちに数量指示売買とはなりません。当事者が区画を全体として評価し、面積による計算を一応の標準とするに過ぎない場合は、数量指示に該当しません。実際に、多くの土地売買において面積の表示は土地の同一性を示すための標識として意義を持つに過ぎないとされています。 数量指示売買に当たるか否かの判断は、契約書に面積が記されていることに加え、現地での土地の範囲が明確▽買い主が現地で売買目的の土地を検分している▽土地建物が売買され、代金が一括して定められている▽契約書の記載や契約に至る経緯から買い主が面積の不足を問題としていないと考えられる――といった事情に基づいて判断されます。 数量指示売買であると認められれば、数量が不足していた場合に買い主に代金減額請求権や損害賠償請求権、解除権の三つの権利が付与されます。売り主が数量指示売買の担保責任を負うのは、買い主が不足や滅失を知らなかった「善意の場合」です。つまり、買い主が不足や滅失を知っていた「悪意の場合」にこうした権利は生じません。 判例では、売買代金の計算の基礎とした契約面積より実測面積のほうが小さいことが分かったために買い主が不足分の土地について地価高騰後の価格での賠償を請求した事案で、最高裁が代金減額に相当する賠償のみを認め、値上がり後の時価での賠償を認めていません。また、残存部分だけなら買わなかったであろう時は解除権が与えられますが、残存部分だけなら買わなかったかどうかは通常の人が買い主になった場合で判断されます。解除権は、代金減額請求権か損害賠償請求権と合わせて行使することもできますし、解除権だけの行使も可能です。 代金減額請求権は、民法上の除斥期間のルールで、数量不足を知った時から1年以内に行使しなければならないとされます。また、代金減額請求権は消滅時効にかかり得ます。この時効期間は、目的物の引き渡しを受けた時から5年(売買が商行為の場合)又は10年(その他の場合)です。なお、商人間の売買は買い主に検査通知義務を課す商法上の期間制限があり、この制限は数量指示売買にも適用されます。 数量指示売買において数量が超過する場合、民法の規定を類推適用して売り主の代金増額請求権を認めるかどうかという問題が生じます。増額請求権を認めるか否かは当事者の意思解釈の問題で、当事者間で「数量指示売買の場合は追加代金を支払うか、超過・不足のいずれの場合も売買代金を清算する」との合意があれば、増額請求権は肯定されますが、そうした意思解釈が不可能なら、類推適用による増額請求権は認められません。 最高裁も「数量指示売買において数量が超過する場合、買い主において超過部分の代金を追加して支払うとの趣旨の合意を認め得る時に売り主が追加代金を請求し得ることはいうまでもない。しかしながら、数量指示売買において数量が不足する場合又は物の一部が滅失していた場合における売り主の担保責任を定めた規定に過ぎないから、数量指示売買において数量が超過する場合に、同条の類推適用を根拠として売り主が代金の増額を請求することはできないと解するのが相当である。」としています。
数量指示売買による代金の減額
買った土地の面積が登記簿の記載より少なかった→数量指示売買にあたれば代金を厳格してもらえる→数量指示売買にあたれば代金を減額してもらえる。
私は輸入雑貨を扱う会社を経営していますが、今の店舗が手狭になってしまったので、新店舗を建てるために駅前の広い土地を探していました。運よくX駅前に広い土地が見つかったので、売買契約を交わしました。その後、所有権移転登記を完了し、代金も支払って土地の引き渡しも受けました。ところが、新店舗を建築しようと建設会社に施工を依頼したところ、土地の面積が登記簿記載の面積より5%少ないことが判明しました。5%の差は大きいので、5%分の代金も返してもらいたいのですが可能でしょうか。
あなたが希望通り代金の5%を返してもらえるのかどうかは、売買契約が民法の「数量指示売買」に該当するかどうかで決まります。数量指示売買とは、売買代金が売買目的物の数量に単価をかけて決定される売買契約のことを言います(売買代金=数量(㎡など)×単価(円))。単に登記簿上の面積が契約書にそのまま記載されているというだけでは数量指示売買にはなりません。土地を特定するためだけに登記簿上の面積を記載することが多く、しかも登記簿上の面積と実際の面積が一致しないこともよくあるのです。
あなたの支払った代金が1平方メートルあたりいくらで、それに面積をかけて決定されたというのであれば、数量指示売買になりますから、5%分の代金の返還請求ができます。しかし契約書記載の面積が単に土地を特定するためのものであれば、代金返還請求はできません。
また数量指示売買として契約したのであれば、あなたは契約時に土地の面積が不足していると知らなかったのですから、契約を解除することができます。また契約解除に加えて損害賠償も請求できます。
境界が違うことが判明した
30年前に分譲地を購入して家を建てましたが、最近、隣家の土地が私の土地に約7㎡侵入していることがわかりました。そこで、隣家との塀を正しい境界線上に移築することを請求しましたが、応じてくれません。また、仮に私の主張が正しいとしても、取得時効が完成しているので、移築請求には応じられないと言っています。
分譲地では、境界石を打って図面も交付してくれますので、購入前に実際に現地に行き、図面と現地が一致するかどうか検証することが重要です。 隣地所有者の取得時効の主張についてですが、相手方が善意・無過失で10年間自分の土地と思って占有していれば、その部分を時効で取得することができます。また、善意・無過失でなかったとしても、20年間平穏・公然と占有していれば、相手方は時効で所有権を取得することができます(民法162条)ただ、たとえ時効が成立していたとしても諦めずに調停で話し合うとよいでしょう。なお、隣地との境界があいまいな場合、最終的には「境界確定の訴」を起こし裁判所に決定してもらうしかありませんが、その前に、筆界特定制度といって登記上の土地の境界(筆界)を特定する制度を利用するのもいいでしょう。この制度は、土地の所有名義人が法務局に単独で申し立てることができ、法務局長の指定する筆界特定登記官が当該土地の登記された時点の筆界を明らかにしてくれます。ここで気をつけなければならないことは、筆界と所有部分の境界は別だということです。「筆界」とは,ある土地が登記された時にその土地の範囲を区画するものとして定められた線であり,所有者同士の合意等によって変更することはできません。これに対して,「境界」という語は,所有権の範囲を画する線という意味で用いられることもあり,その場合には,筆界とは異なる概念となります。筆界は所有権の範囲と一致することが多いのですが,一致しないこともあります。時効取得はこのような別筆の一部についても発生するので、注意が必要です。
公道に出るための道が塞がれてしまった
父から相続した宅地を兄弟3人で分けましたが、2人の兄は間もなく第三者に売却して移転してしまいました。そのため、私の土地は袋地になってしまい、公道に出るには元兄の所有地を通らなければなりません。兄が土地を所有していた時には問題がなかったのですが、現在の所有者は、柵を作って通れないようにしてしまいました。通行権は認められないのでしょうか。
他人の土地を通らなければ公道に出られない土地を「袋地」、それを囲んでいる部分を「囲繞地」といいます。法律では、袋地の所有者に、囲繞地の所有者の承諾なく囲繞地を当然に通行する権利(囲繞地通行権)を認めています(民法210条)。ここで、どの程度の通行権が認められるかが問題となります。具体的には、①袋地の所有者は、囲んでいる土地にとってもっとも損害のない場所・方法で通行しなければならないこと ②幅員2m程度の通路の開設を請求することができること ③袋地所有者は、囲繞地の所有者に相当額の通行料を支払わなければならないという制限のついた権利が認められると考えられます。ただし、この種の問題は、いわゆる慣習法によって是正される場合もあります。
隣地の建物が境界線いっぱいに建っている
隣家が土地と建物を移転した後、新しい所有者が建物を取り壊して2階建ての住居を建て始めました。しかしその建物は、私の敷地との境界線いっぱいに建っています。境界から50cm以上離さなければならないはずではないでしょうか。
民法では、建物は境界から50cm以上離さなければならない、と定めています(民法234条1項)。しかし、商業地域などでは昔から隣接した建築が慣習法により認められていました。建築基準法では、防火地域・準防火地域にある建物で、外壁が耐火構造のものについては、隣地の境界線に接して建てることを認めています。なお建築基準法上、第一種・第二種の低層住居専用地域内での建築については、建築物の外壁、またはこれに代わる柱の面から敷地境界線までの距離が、当該地域の都市計画で定められた1.5mまたは1mの限度以上でなければならないと規定しているので、これに該当する場合にも、民法の規定に優先します。したがって、当該土地が建築基準法上、どのような条件に従わねばならないかを確認した上で、隣家との関係を考えなければなりません。