瑕疵のない目的物の引き渡し
売買契約における売り主の本来義務は、買い主に売買目的物をあるがままの状態で引き渡すことです。つまり、売り主は本来「瑕疵のない売買目的物の引き渡し」の義務まで負いません。ある判例も「特定物売買においては、瑕疵の有無にかかわらず、目的物の占有を買い主に移転することによって引き渡しが完了したと解すべきものである」としています。 しかし、新築住宅の売り主が瑕疵のない目的物の引き渡し義務を一切負わないとする考え方は、常識的には受け入れられないでしょう。実際の新築住宅の売買では、売り主は特約や信義則により瑕疵のない売買目的物の引き渡し義務を負っていると考えられています。判例も「新築建物の売り主には、瑕疵のない建物を引き渡す債務がある」と示しています。
修補義務
瑕疵担保責任の内容として、民法は「損害賠償請求」と「解除権付与」を定めています。このため、民法上は売買目的物に「隠れた瑕疵」があっても、買い主に「瑕疵修補請求権」まで与えられているわけではありません。このルールは、中古住宅の場合は妥当性があるように思えますが、新築住宅の場合は社会常識に照らし、受け入れられないように感じられます。 新築住宅を取得するには、「売買」と「請負」の二つの方法があり、請負については民法で瑕疵修補請求権が規定されており、売買と均衡を失するように思われます。これは、民法成立時の新築住宅の取得方法がほとんど「請負」であったことが遠因にあります。しかし、現在は大量生産・大量販売が一般化し、新築住宅の取得方法も「売買」がスタンダードになっています。 上記のように、売買では原則として瑕疵修補請求が否定されてはいるものの、特別法や当事者間の合意があれば、例外も認められています。実際に新築住宅の売買は原則と例外が逆になっているのが現状です。 民法が否定する瑕疵修補請求を修正する特別法が「住宅品質確保法」です。この法律は新築住宅の基本構造部分について、売り主に瑕疵修補義務を課しています。また、住宅の販売に当たり、瑕疵の有無に関わらず一定の不具合がある場合に売り主が無償修補する「アフターサービス」も民法の原則を修正するものです。社団法人不動産協会や社団法人日本住宅建設産業協会は、このアフターサービスについて基準を定め、売買契約において特記事項として定める売り主の義務と明記しています。 一方、消費者契約法は「消費者契約の目的物に隠れた瑕疵がある時に、瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者の責任の全部を免除する条項」を無効としています。不動産取引において、事業者である売り主の瑕疵修補義務を肯定し、消費者である買い主を保護する規定と言えます。
請負工事
新築住宅の売り主には、事実上「瑕疵のない目的物の引き渡し義務」と「瑕疵修補義務」が課せられます。いずれも、瑕疵担保責任とは異なり「過失責任」ですが、「売り主の責に帰すべからざる事由がある」場合まで責任を負うものではありません。 新築住宅の販売は通常、売り主の事業者が建設会社に住宅の建築を請け負わせ、完成した住宅を購入者に引き渡すという流れになります。こうした流れの中で、瑕疵が生じたとしたら、建設会社が瑕疵の原因を作ったことになり、「売り主の責に帰すべからざる事由がある」ように思えます。 しかし、売り主には、建設会社が瑕疵のない建物を建てたかどうかを確認する責務があります。その上で、瑕疵が見つかれば、その部分を修補させるなどして瑕疵のない状態にする適切な措置を講じなければなりません。判例も「建設会社から受け取った建物を漫然と買い主に引き渡しただけでは、責任を免じられない」としています。
青田売り
企業が在学中の大学生を採用する方法を「青田買い」といいますが、不動産用語として、完成前の新築マンションを売却することを「青田売り」といいます。青田売りでは、買い主が将来完成する予定の建築物について購入代金を支払うことになり、完成物件を実見しないで契約を結ぶことになります。 このため、完成した建物が売買契約時に合意されていた品質をクリアしているどうかが問題となります。判例では、売り主に「売買予定物の状況について、その実物を見聞できたのと同程度にまで説明する義務」や「販売物件に関する重要な事項について可能な限り正確な情報を提供して説明する義務」があるとしたケースがあり、高度な説明義務を課されています。 上述の通り、新築住宅の売り主に説明義務違反があった場合は買い主に対して損害賠償義務を負うことになりますが、売り主が説明義務を果たした場合に説明通りの目的物を提供する義務を負うかは別の問題です。 青田売りの新築住宅の購入者は契約前に完成した実物を見られないため、通常は売り主が作成したパンフレットやチラシ、モデルルームを参考に購入するかどうか決めることになります。このため、これらの宣伝素材などは、当然、売り主が買い主に目的物の内容を示すものとして瑕疵の有無の判断基準となり得ます。 しかし、例えばパンフレットの記載内容と実物が異なっていたとしても、記載内容が「イメージ図」に過ぎず、その差異に合理性があれば、売り主が責任を問われることはありません。モデルルームと実際の部屋との差異についても、空調機の種類が違っていたという程度では瑕疵にはならないとした判例もあります。
【メモ】青田売り
造成工事や建築工事が完了していないのに、宅地や建物を販売することで、「未完成販売」とも言います。完成前に説明した内容と異なる完成品になった場合など、トラブルが生じやすいので、宅建業法は、開発許可や建築確認など行政の許可を受けなければ、広告や契約をしてはならないと定めています。また、不動産業者は購入検討者に対し、完了時における形状や構造などを明記した書面を交付して説明しなければなりません。また、契約時に売り主が買い主から受け取る手付金が売買代金の5パーセントを超える場合や1000万円を超える場合は手付金の保全措置を取らなければなりません。眺望阻害
宅建業者が眺望の良さをアピールして新築マンションを売却しながら、買い主に引き渡した後、隣接地に新たに高層マンションを建て、眺望を遮ったとしたらどうでしょうか。買い主は「だまされた」と思うに違いありません。 眺望は、建物の所有者や占有者が建物自体に有する権利のように、排他的・独占的に支配し、享受できるものではありません。上記のようなケースでなくとも、全くの第三者が近隣地に高層建築物を建ててしまう可能性があり、購入時は眺望の良さが確保されていたとしても、その後は一定の制約を受忍しなければならない要素です。このため、眺望は原則として法的保護の対象にはなりません。 ただ、上記のケースでは事情が異なります。売り主に、買い主の眺望を阻害する不当な侵害行為があれば、責任を問われます。眺望阻害に関する責任の有無は、侵害行為の性質や態様、意図や目的などの要素を総合的に考慮し、個々に判断されます。
注文住宅で手抜き工事を発見した
戸建て注文住宅を建てて1年ほどで壁に亀裂が入って家が傾いてきました。別の建築会社に検分してもらったところ、明らかに工事は手抜きであったことが判明しました。請け負った業者にどのように対応したらよいでしょうか。
建築基準法では、建物の構造設備等に関する最低基準が定められています。手抜き工事であるかどうかも、まず建築基準法に照らして考えなければなりません。完成した建物に瑕疵があれば、請負業者は担保責任を負わなければなりません(民法634条以下)。この場合の瑕疵は「隠れた瑕疵」に限りません。注文者は、請負人に対し相当の期間を定めて瑕疵の修繕、損害賠償の請求ができます。ここで注意すべきことは、建物の場合には、瑕疵があるために建てた意味をなさないときでも、契約の解除はできないということです(民法635条ただし書)。 なお、壁は構造耐力上の主要な部分なので、その瑕疵担保期間は10年間です。ただし買主が瑕疵を知ったときから1年間しか修繕や損害賠償などの瑕疵担保請求を行うことができません。そのため、壁の亀裂が「隠れた瑕疵」ではなく誰でも簡単に見つけられるようになった場合、注文者は請負契約書の担保期間などを確認して早めに行動することが重要です。
買ったマンションの耐震強度が足りないと判明した
住み始めて3カ月も経たない新築マンションのベランダや壁に大きな亀裂が走り始めました。業者はコンクリートの乾き具合の問題で、強度には何の心配もないと言います。しかし、専門家に耐震強度を調べてもらうと、法定の2分の1ほどの耐震強度しかないことがわかりました。業者に何らかの責任を取ってもらうことは可能でしょうか。
建物の基本構造部分について、新築住宅の売主は、引渡しから10年間、瑕疵担保責任を負うと法律で定められています。耐震強度不足はここでいう瑕疵に該当すると考えられるので、買主は契約を解除し、売主に代金全額の返還を求めることができます。ただし、補修が可能な場合には、請求できるのは原則耐震強度の補修のみとなります。また、買主は売主に対し、引越し費用や代替の住居確保の費用も請求できます。 基本構造部分の瑕疵担保責任は10年ですが、買主が瑕疵を知った時から1年間しか請求できないので、欠陥に気づいたら早めに対処しなければなりません。 なお、耐震強度が不足した欠陥マンションでは、住人が補修による居住を望んでも、行政から使用禁止命令が出ることもあります。大きな社会問題になった耐震偽装マンションでは、耐震強度が基準の2分の1以上か以下かで、補強するか建て直すのか結論が異なりました。いずれにしろ、耐震強度の問題は、マンションの住人全員が関係するものですので、売主への交渉も個々に行うのではなく、住人全員で行うとよいでしょう。