はじめに

不動産を売買する際、物理的な性能や法令上の制限といった観点から契約通りの品質を有していても、売買目的物の「環境的要因」や「心理的要因」が瑕疵に当たる場合があります。これらは法律で瑕疵に当たるかどうかの基準が明記されているわけではないため、過去の判例が目安となります。

環境的要因

「環境的要因」は日照や眺望、騒音など生活に関わる要素です。売買目的物そのものの問題ではなく、外的な事情であるため、売り主がコントロールできる類のものではありません。また、個々の購入希望者によって、瑕疵と感じるかどうかの価値観に差がある場合もあります。このため、以前は「物質的な瑕疵」や「法令上の瑕疵」より、法的な意味で重要性が低いと位置づけられていました。しかし、今では社会の状況や一般的な認識の変化に伴い、価値が劣ることはないと考えられるようになっています。

判例により、環境的要因が瑕疵に当たると判断されるには「売買過程で周辺環境を売買の目的としたものと同視できるような事情が必要」で、「長期にわたり、かつ使用性に影響を与える可能性がある」場合とされています。大雑把に言えば、「住み心地の良さを欠く状態が一時的とは言えるか」が判断基準と考えられるでしょう。

一例として、園芸目的で購入したマンションの隣地に4階建ての住宅が建築されたことにより、温室への日照を阻害された▽公図に記載された形状と現況が大きく異なっているため、所有権を巡る紛争が将来生じる可能性があった――などの理由で瑕疵が認められたケースがあります。他方、隣接する工場の騒音や振動▽隣接するビルの喫煙室の存在――などが瑕疵と認められなかった事例があります。

心理的要因

「心理的要因」は土地や建物を継続使用するに当たって心理的な抵抗が生じうる事情を言います。例えば、不動産に「心理的に忌むような過去の出来事」がある場合、不動産購入者にとって「住み心地の良さ」を欠くことになります。

ただ、心理的な感情は個人差があります。判例では、主観的に「住み心地の良さ」を欠くというだけでは、心理的欠陥による瑕疵は認められません。「通常一般人が買い主の立場に置かれた場合に、住み心地の良さを欠き、居住の用に適さないと感じることに合理性がある」と判断された場合は瑕疵と認められます。「通常人として耐え難い程度の心理的負担を負うべき事情がある」との表現で瑕疵を認めたケースもあります。

具体的には、かつて殺人や自殺、火災があった土地や建物は心理的要因が瑕疵となり得る典型パターンです。もちろん、法令に「殺人や自殺は瑕疵になり得る」と明記されているわけではありませんが、多くの裁判例が瑕疵になり得ると判断しています。

例えば、購入した土地の上にかつてあった建物で殺人事件があった▽購入したマンションの居室で2年前に服薬自殺があった▽購入したマンションのベランダで売り主の妻が6年前に縊首自殺していた▽購入した土地上の建物で4年前に死亡火災があった――ことを買い主が購入後に知ったケースで瑕疵が認められています。

一方、購入した建物の別棟で7年前に自殺があったが、売買1年前までに取り壊されている▽購入した土地の上にかつて存在した共同住宅の一室で8年前に焼身自殺があり、建物も一部焼失したが、その半年後に住宅は解体され、以後、駐車場として使用されてきた▽売り主が従前の建物を取り壊し、新たな建物を建てて売却したケースで、従前の建物で2年前に首つり自殺があった――ことを買い主が購入後に知ったケースは瑕疵に当たらないとの判断が示されています。

また、「競売手続き」においても殺人や自殺が影響し、裁判所が売却不許可決定を出したり、売却許可を取り消したりするケースがあります。具体的には、建物の裏手のフェンスで5年前に首吊り自殺があった▽建物の所有者の夫が1年前に建物内で自殺していた▽建物内で1年前にリンチ殺人事件が発生し、血痕が残っていた▽建物で過去に4件の嬰児殺人事件があり、4遺体が発見されていた――といった事案があります。

逆に「影響はない」とされたケースでは、土地建物について1年半前に前共有者の1人が当該物件から2~300メートル離れた山林内で自殺していた(自殺の理由は、物件の取得代金を金融業者から借り入れ、返済に窮したもの)▽物件のビルで2年前に放火殺人事件が起きていた▽建物の軒先で1年前に首吊り自殺があった▽土地建物の元所有者が2カ月前に建物内で死亡した状態で3カ月間放置され、物件購入翌月に遺体が発見された――といった事案があります。

心理的な欠陥がある不動産の売買を考える時、特定の業者が直接買い取ったり、競売で落札したりするケースは少なくありません。業者はこうした「欠陥物件」を市場価格の3~5割程度で買い取ることが多いとされます。特に、ニュースになるような殺人事件が起きた現場は3割程度と、最も低い部類になる傾向があります。これは、業者自身が購入から一定期間、保有し続けなければならないリスクも考慮して算出された金額と言えます。また、当該不動産がある場所として住宅地と駅前商業地を比較すると、いずれにおいても一時的に駐車場として使用できるものの、将来的に前者は店舗として、後者は住宅としての利用が見込まれ、業者にとっては後者の方が売却できないリスクがより高くなります。

殺人事件や自殺などがあった物件について、従来は上記のように、特定の業者が低価格で取得し、一時的に駐車場などとして利用した上で売却するケースが多かったのですが、近年はインターネット上で「訳あり物件」とうたって一般顧客に直接販売するルートができています。

具体的に売却価格を大きく落としても、買い手がつかなかった事例として、6年前に死亡火災があった現場の土地の価格を売り出し希望価格の75パーセント減に▽3年前に自殺があったマンションを時価の半値程度に▽13年前に自殺があった現場の物件を時価の4割に▽7年前に死亡火災があった土地を時価の半値に▽6年前に独居男性が焼死した建物があった土地を時価の75パーセント程度に――するようなケースがあります。一方で、売却に至った事例として、所有者が建物内で自殺した新築物件を半値で売却(書いては「心理的欠陥は気にならない」)▽孤独死があった建物と土地を時価の5割で売却(建物の取り壊し費込み)――できたケースがあります。

心理的要因のある不動産は、購入を検討する人の反応が「賃貸」物件の場合と明らかに異なります。建物が新築で殺人や自殺の痕跡が残っていないケースでは、建物自体が取り壊されることなく、大きく減額されて取引されることもありますが、多くの場合は取り壊され、更地となった土地のみが売買されます。

なお、心理的な欠陥がある不動産物件の減価率の査定は、交換価値の減退があるか否かといった判断が必要で、次のようなパターンがあります。

例えば、人の死に関係する「忌み」施設(斎場、火葬場、墓地、霊園)が不動産価格に与える影響から減価率を査定する方法があります。土地の価値は、近くに鉄道の駅やバス停、スーパーや商店街、学校や公的機関などが存在する場合は利便性が良く、価値も高くなります。一方で、「忌み」施設が近くにある場合は、不動産の価値を下げます。かつて、こうした施設は人々が暮らす地域の郊外にありましたが、都市化が進んで住宅地近くに設けざるを得ない地域も増えています。その結果、不動産価格に影響を及ぼす施設と位置づけられるようになりました。とりわけ火葬場は(最近は「臭い」対策が講じられている施設が大半のようですが)悪臭という実害が近隣に及ぶと、価格を下げる具体的理由となり得ます。自治体による固定資産税の算定でも、「忌み」施設の存在は減価につながります。

また、「競売での市場性減価で減価率を査定する手法」もあります。通常、競売での価格評価では、物件の需要が限定されると判断される場合、市場に流通させられる価格を算出するため、市場性修正を行っています。他にも「不動産業者への聞き取り調査や売買実例から減価率を査定する手法」や「判例から減価率を査定する手法」があります。

以上のような各手法から求めた結果を整理すると、心理的な欠陥がある土地は、だいたい5~10パーセントの減価率に地域性や時間の経過、事件の態様などの個別事情を加味します。また、「土地・建物一体」又は「マンション」の減価率は土地より大きくなり、競売で採用される減価率は「30パーセント」が多いようです(個別事情で強弱調整)。

心理的な欠陥が瑕疵として認められるケースとして、近くに暴力団事務所が存在していることが購入後に判明した事例もあります。具体的には、家族と居住する目的で一室を購入したマンションの別の部屋に暴力団幹部が住み、長期間、管理費を滞納したり、地元の祭礼日に多数の暴力団関係者を集めて深夜までマンション前の路上で大騒ぎするなど、所属組員らが頻繁に出入りしたりしている▽購入した土地の交差点を挟んだ対面に暴力団事務所があった▽購入した土地の道路の真向かいの建物が暴力団事務所だった――ことが瑕疵に当たると判断された事例があります。

2020-03-18 16:32 [Posted by]:不動産の弁護士・税理士 永田町法律税務事務所