意義

債務不履行は、民法で「債権者に過失があった時は、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める」と定められています。また、不法行為については「被害者に過失があった時は、裁判所は、これを考慮して損害賠償の額を定めることができる」と規定しています。こうした定めにより、債務者や加害者が賠償すべき賠償額を減らすことを「過失相殺」といいます。

債務不履行や不法行為は、発生した損害を債務者や加害者に負担させる仕組みですが、債権者や被害者に過失がある場合、債務者に全損害を負わせることは理不尽です。このため、損害額の算定に当たり、債権者や被害者の過失を考慮します。過失相殺は、債務者側からの主張がなくても、証拠上、債権者側の過失が認められれば、裁判所がこれを裁量で考慮できます。

また、売買契約での「瑕疵担保責任による損害賠償」でも過失相殺が扱われる場合があります。ただ、瑕疵担保責任は「瑕疵が隠れていた」という要件を満たす場合の売り主の責任であり、買い主が元から瑕疵を認識していれば「隠れ要件」は満たされません。このため、買い主側の事情は過失相殺ではなく「隠れ要件」の有無として争われるのが通常です。

相殺要因

過失相殺は、衡平性の見地から、発生した損害を債務者や加害者のみならず、債権者や被害者にも分担させる仕組みです。債権者(=買い主や賃借人)の側に損害の発生や損害の拡大に関して「不注意がある場合」に過失相殺がされます。債権者の過失になりうる要因には、(1)本人確認(2)現地調査(3)契約書や重要事項説明書の記載内容(4)買い主が専門家であること(5)軽率な行動や判断(6)買い主が自身で登記を調査確認しなかったこと(7)紛争の経緯――などがあります。

①本人確認

不動産取引の相手方が「本人である」ことの確認を怠ったり、相手方と直接面会せずに取引を進めたりしたことは、過失相殺の要因となります。

②現地調査

購入を検討している不動産について、買い主が現地に赴いて調査をしていれば、状況が分かったのに、しなかった場合は不注意となります。裁判例は、「実際に物件を見ていれば、地盤の状況を事前に知り得た」「原野商法の事案で、現地に赴いたことがない」ことを過失相殺の要因としています。

③契約書や重要事項説明書

買い主が認識していなかった事柄について、そもそも契約書や重要事項説明書に記載されていたことも、過失相殺の要因となり得ます。

④買い主が専門家であること

不動産の買い主や賃借人が専門家(=宅建業者)であること自体や、専門家なのに自ら調査していないことが過失になる場合があります。買い主や賃借人が専門家だったことから、過失を肯定した裁判例では、「買い主が土木建築工事に関する調査や地質調査などを目的とする会社であり、自らの判断で土壌汚染調査を行うことが相当程度期待されていた」としたケースや、買い主が不動産賃貸で相当の収入を得ているとして専門家として認定したケースなどがあります。

⑤軽率な行動や判断

買い主に軽率な行動や判断があった場合も過失となります。具体的には、建物が第一種低層住居専用地域にあることは知っており、他の不動産業者から既存の建物なら使用可能だと聞いて軽信していたこと▽売買交渉の初日に1000万円超の売買契約を締結していること▽原野商法の事案で不動産業者の従業員のいうことを鵜呑みにして裏付け調査を全くしなかったこと▽税金に関する専門的事項について専門家に確認しなかったこと――から過失相殺された事例があります。

⑥買い主が自身で登記を調査確認しなかったこと

買い主が自分で登記簿謄本を調査・確認しなかったことで過失相殺されたケースもあります。ただ、専門家である媒介業者に依頼している以上、自ら登記調査をしなくても過失はないとする裁判例も少なくありません。

⑦紛争の経緯

紛争の経緯が過失相殺の要因とされたケースで、ある裁判例は「事業規模の零細な個人営業的業者に取引の仲介を依頼する際は、相応の心構えと要心をもって事に当たるべきだった」とし、零細業者に媒介を依頼する場合は、買い主も十分に注意するよう求めています。また、買い主が媒介業者の責任を追及する際、売り主との交渉を一切考えず、業者の責任追及に終始していたことで過失相殺された裁判例もあります。

過失相殺は、当事者間の衡平を図ることを目的としているため、買い主や賃借人の本人に生じた要因のみならず、買い主や賃借人の「側」の人に生じた要因が考慮されるケースもあります。ある裁判例では、買い主が売り主側の媒介業者に損害賠償を請求した事案で、買い主側の媒介業者の不注意を「買い主の不注意」と同視して過失相殺しています。

裁判例

売り主の説明義務違反による損害賠償責任について過失相殺を認定した裁判例として、新築マンション販売で隣地での建物建築=過失相殺5割▽行政指導=過失相殺5割▽越境=過失相殺2割▽市街化調整区域の指定=過失相殺4割▽土壌汚染=過失相殺6割▽新築マンション販売でのペット飼育=過失割合5割▽立体駐車場装置=過失相殺3分の2――などの例があります。

また、売り主が他の義務に違反したとする損害賠償責任について過失相殺を肯定した裁判例として、原野商法=過失相殺7割▽新築マンションの売り主が瑕疵のない建物を引き渡す旨の合意=過失相殺1割▽ドラッグストア経営の障害除去の特約=過失相殺3割▽原野商法=過失相殺7割▽売買代金の詐取=過失相殺3分の2――などの例があります。

一方で、売り主の説明義務違反による損害賠償責任について過失相殺を否定した裁判例として、地中埋設物▽新築マンションの電柱の存在や内容、位置▽高架道路の建設計画▽新築マンションの駐車場――に関するものがあります。また、売り主が他の義務に違反したとして損害賠償責任による過失相殺を否定した裁判例として、原野商法や土砂崩れ死亡事故の責任に関するものがあります。

売買の媒介業者の説明義務違反による損害賠償責任について過失相殺を肯定した裁判例には、崖地の法規制=過失割合6割▽通行権と境界の調査=過失割合4割▽自称代理人の代理権限調査=過失割合5割▽登記調査=過失割合5割▽他人物売買=過失割合2割▽海外の土地価格の情報提供義務=過失割合3割▽シロアリ被害と柱等の腐食=過失相殺2割▽優遇措置の適用要件の誤解=過失割合3割▽行政指導による建築制限=過失割合2割▽市街化調整区域=過失割合3割▽宅地造成工事規制区域=過失割合3分の2――などのケースがあります。

一方で過失相殺を否定した裁判例として、ローン特約条項の不記載▽宅地造成等規制法や建築基準法に基づく制限▽代理権限調査▽本人確認▽雨漏り▽高架道路の建設計画▽登記調査――などに関するものがあります。

また、賃貸借の媒介業者の説明義務違反による損害賠償責任について過失相殺を肯定した裁判例には、建物の用途制限=過失相殺5割▽市街化調整区域=過失相殺2割▽倉庫賃貸の契約条項=過失相殺4割▽駐車場賃貸における地盤の説明=過失相殺5割▽賃貸人の本人確認=過失相殺3割――などがあります。

一方、賃貸人の説明義務違反による損害賠償責任について過失相殺を肯定した裁判例には、商業施設=過失相殺3割に関するものがあります。また、賃貸借の媒介業者の説明義務違反による損害賠償責任について過失相殺を否定した裁判例には、登記調査▽賃貸権限確認▽賃貸人の本人確認――などがあります。

2020-03-18 18:51 [Posted by]:不動産の弁護士・税理士 永田町法律税務事務所